横浜市長選挙が今、注目を浴びている。筆者は横浜市民であり関心がない訳がない。
いわゆるIR(Integrated Resort(統合型リゾート)の略))の推進をめぐる論点(続行か、中止か、変更か)ばかりが報じられているが、これから数年の市政のあり方を考える上で、ワンイシュー選挙はあまりにリスキーだ。確かにIRは賛成、反対が激しく対立する市民の大きな関心時であり、横浜の歴史に大きな足跡を残す一大事業なのだとするならば、そして引き返せる余地があるのならば、選挙公約は「選挙後、この重大イシューについて早急に市民の判断を問う機会を設ける」というのが正解のはずだ。それ以上でもそれ以下でもない。
IRの推進の根拠は、厳しい市の財政を改善する手段としての期待にあるという。だとするならば、他にもやることはたくさんあるはずだ。例えば、私の研究分野としている公共契約改革は大いに関連する政策課題だ。税収を多くするのも結構だが、限られた税収を有効利用することにももっと関心を持つべきだ。IRを推進するにも、現在、そして将来にわたってさまざまな公共事業が展開されるはずである。工事請負や物品調達など支出原因となる契約であっても、公有地の売却といった収入原因となる契約であっても、地方自治法に定めた競争的手続に則って実施されなければならず、例外的に認められる随意契約であっても、可能な限り競争的な手続の実施が求められることになる。その仕組み作りとルールの運用の仕方次第で、大きな支出削減効果がある。そういった改革は横浜市ではこれまでどうなっていたのか。
今から15年以上前、中田宏市長の時代に大きな入札妨害事件が生じた。それは業者のみならず市議や市幹部までもが関与していた官製談合事件、「天の声」型談合事件であり、横浜市政への信頼が大きく揺らいだ。当時のことを知っている横浜市民の多くは、公共契約に対する市政の取り組みに強い関心があるはずだ。
この事件を受けて立ち上げられた有識者による委員会の報告書は、今から見れば他の地方自治体と横並びの改革を模索する「ありがち」で「スタンダード」なものだった。それ自体を非難するつもりはないが、それから公共契約のスキームも随分と進化したし、新たな環境の変化も指摘されるようになった。SDGsを念頭に置いた公共調達(SDGsのゴール12.7)、担い手確保、働き方改革の要請に応じた公共工事契約の推進、最近会計検査院や公正取引委員会が強い関心を示しているシステム調達に係るベンダー・ロックインへの対応、企画競争型の随意契約の柔軟な利用や一者応札への対応としての確認公募型随意契約の積極利用、といった課題に横浜市はどう対応してきたか、そしてどう対応しようというのだろうか。
一方で、2005年の独禁法改正後、そしてゼネコン各社の談合決別宣言後、かつて「談合天国」といわれたほどの強固な談合構造は崩壊したともいわれているが、一部地方では根強く旧来的な談合構造が残存しているとの声もある。一方、競争が激化した地域では情報漏洩を通じた「抜け駆け」的な入札不正が多くなった。ここ数年で見かける官製談合防止法違反罪の事件の多くは最低制限価格(あるいはそれを推測することができる情報)を聞き出すタイプの不正である。当局が受発注者間の癒着に収賄のシナリオを描いているので(その直感はある程度は正しい)、躍起になって摘発している状況にある。横浜市にも、その潜在的な危険はあるはずである。要するに、この15年の環境変化に柔軟に、適切に対応した公共契約改革が求められているのである。そういったビジョンと知見を有する首長が今、求められている。
横浜は歴史のある港湾都市である。一方で、丘陵地帯に展開した「田園都市」を有する新しい街でもあり、里山風景が残る緑豊かな地域でもある。歴史や自然を大事にしつつ、常に環境の変化に鋭敏で、市民の声に真摯に耳を傾け、社会的要請に柔軟に適応したガバナンスとコンプライアンスの素養を持つ首長は誰か、が問われている。その素養が発揮されるのは当に「公共事業や公共契約の分野」なのであり、IRはそういった文脈でも語られるべきものなのではないだろうか。