上智大学法学部『法学入門』サイト  

2023年1Q(第1クォーター)開設の法学部講義『法学入門』のサイトを開設しました!  このサイトを駆使して「法学」を楽しんで学べる環境を作っていきたいと思います。

<第7回授業、最終レポートについて>

*2023年5月27日追記

総括のYOUTUBE番組をアップロードしました。

*2023年5月26日追記

すでに授業で伝えましたように、第6、第7回授業へのコメント等のフィードバックは別途収録する予定です(ただ、文字情報になるかもしれません)。提出物についてはLOYOLAの掲示で確認してください。

<第6回授業について>

*2023年5月16日追記

今日お話しした論文、レポートの書き方について、フォローしておきます。参考文献として、たとえば、

吉永一行『法学部入門(第3版)』法律文化社(2020)第10章

近畿大学法学部
https://www.kindai.ac.jp/law/research-and-education/pickup/dissertation/

インターネットURLの紹介
https://hougakubu-law-support.com/book-studymethod/

を紹介しておきます。

科学一般の作文技術として、以下がおすすめです。
木下是雄『理科系の作文技術』中公新書(1981)

楠茂樹

<第5回授業について>

*2023年5月13日追記

(今後の予定)

•第6回、第7回についての提出物へのコメントは、Youtube収録で後で掲出します。

•第7回目の授業はゲストをお呼びする予定(本学准教授で弁護士の先生)→法実務のお話と、基本科目の学習のコツ、初学者の心得のようなお話をインタビュー形式でお聞きします。

•最終レポートについての案内は、Loyolaで掲出します(公平性の維持のために個別の質問への回答はせずに、共有すべき必要な回答はLOYOLA上で行います。なお、回答がない場合は、各個人の裁量で作成することを意味しますのでその旨ご了解ください)。

(前回の授業を受けて)

•憲法が一度も変わらない理由→変えないことを選択したのではなく、何も選択していない(無関心?)

•日本人は日本国憲法を自国の基本法としてどの程度実感しているのだろうか?

• 1946-47年当時の時代状況と現在、憲法は時代状況で変化するもの(するべき)か?

•米国における「Originalism」→解釈はその時代に想定されてものに限るべきで、新しい状況には新しい規定で臨むべきとの考え

•憲法の矛盾? 議会の3分の2と国民投票で不当な差別もできる? 「憲法」の「違憲性」って問えるか? では憲法を規律する法源とは?

•マイノリティー問題の敏感さ、一方でマジョリティーのための憲法の側面も?

•保証と保障

•長い引用は段落を変えてブロックにするなどの工夫

•条文の引用の場合は、何条かを明記するだけで、引用文献の言及(「〇〇六法」)は不要

• ネット資料は、URLを示してください。

•三大義務:教育、納税・・・勤労(資本主義との関係)

•有事を意識した国民の権利の制限について

•9条問題→日本は理想?では安保条約の相手である米国は?安保+9条は矛盾か?

•「うまい具合」にやっているという意見も?

•現実的である理由はない、という意見も?

•自分たちで作った憲法へのレスペクトか(改正)、レスペクトの結果としての維持(護憲?) 

•日本人は自らの「民主主義」を信じていない? 一方、言論人、知識人は「無謬」か?

•憲法を勉強することは歴史の勉強になるし、歴史が得意な人は憲法の議論がより充実したものになる

•改憲の是非は国民性の問題?

<第4回授業について>

*2023年5月8日追記

・要件に対するアプローチ:「解釈」と「当てはめ」  *当てはめ≠解釈
・事実に対するアプローチ:
  事実が存在するかどうか
  存在する事実が要件を充足するかどうか
・所有権移転に関する不動産登記について(→民法で勉強してください)
 公信力→登記を信じて不動産を購入した者にその権利を認めること 
   *日本の登記制度では認められない
   *つまり信じてしまった人は保護されないということ(損害賠償とかは別)
 公示力→(真実の所有者が)登記をしておけば自分の権利を守ることができる(誰かがそれは自分のものだといっても登記を理由に対抗できる) 

•法の学問=法解釈の技法、論理、そのための法理(各法律分野による)

•法学:Juris-prudence/裁判官の知恵

•正義の体系、道徳の体系 

•法とは「自由の条件」(←F.A.Hayek)

•純粋法学(Reine Rechtslehre)(他の社会科学と切り離された法学独自の理論の体系)←H.Kelsen

•刑法理論をめぐるカントやヘーゲルの哲学(刑法学と法哲学の交錯)

•法の存在しない世界→それこそ無法地帯? それとも恐怖政治?

  力による支配、法による支配→文明=法の存在?

•国際法秩序なるものがあるのか? 国際社会では法なるものは機能するのか? 米ロが法を守らなければどうなる? 国際関係法学科学生の関心事

•「判例」は最高裁判決のみに使う。その他は「裁判例」。

•審級制度とその手続、呼び名等は裁判所のページを参照ください。

https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/index.html

•法は人々の行動に影響を与え、社会をより改善するための仕組み

•人々に影響を与えるメカニズム=インセンティブのメカニズム

•要件→効果の仕組みで、人々は何をすれば自分が得をする、損をすることが理解できる

•刑法や公害防止関連法制度を考えてみよう(しかし憲法は?)

•(参考)森田果『法学を学ぶのはなぜ? 気づいたら法学部、にならないための法学入門』有斐閣(2020)

  →「法政策学」の講義で使用。

<第3回授業について>

*2023年5月2日追記

判例の調べ方:

http:// /www.library.metro.tokyo.lg.jp/search/uploads/2hanrei.pdf

事件番号について 白石忠志先生のサイトより:

https://shiraishitadashi.jp/dokkin-case-list.html#latest

東京地判令和4210日・令和3年(行ウ)第4〔マイナミ空港サービス〕

東京地判令和4年3月3日・平成29年(行ウ)第356号〔富士通ゼネラル〕

前回の講義を受けて:

•◯◯解釈のリストの違いが曖昧? →重なり合いはある。

•判例、裁判例を引用するときは、裁判所名、判決年月日、掲載判例集、その巻号頁を明らかにする。

•『百選』を参照するときは、その該当頁または該当番号を示す。

•主要法令では立法論は出てくることは少ないが、政策色の強い法令(環境法とか)では立法論はしばしば出てくる。また大きな法改正が控えている場合には主要法令であってもその紹介は当然、行う(最近でいえば、民法の大改正)。

•注で引用文献を紹介する場合、同じ文献が続く場合には、その次の注は「同前」、直前の引用文献が異なる場合には「〇〇前掲・注(*)」などと書く。→〇〇は著者、*は注の番号。((各種文献の例を参照のこと)

•法律番号は「月日」を省略することがある。

•事実が要件を充足するか? 言い換えれば、存在する事実→要件が求める事実に合致しているか?

•要件を充足する事実が、他の関連する事実から推測されることもある(状況証拠の問題→これは慎重に)

•証拠がない=事実がない。悪魔の証明の要求(事実の不存在を、存在しないことの証拠を出すことで証明とする)は危険

•ただ一定の証拠が出てくれば相手方を不利にすることができ、この場合、相手方はその証拠を否定するような証拠を出すことが事実上求められることは多い。

•解釈論には色々あるが、要するに「合理的解釈」「合目的解釈」・・・

•法律は条文、しかし、法学はそこから先の学問

•六法全書を覚える=法律を勉強する、ではない

•官製談合を行なった地方自治体は「事業者」として独占禁止法違反になるか?

→当該自治体が発注した対象が純粋な対価性を伴わない公共サービスの場合「事業」とはされない

→一部の職員の暴走によって官製談合に至った場合には自治体全体として行為していないので、独占禁止法違反の問題にならない(個別に職員が刑法等で処罰されるに過ぎない)

<参考>

刑法96条の6第1項:

「偽計又は威力を用いて、公の競売又は入札の公正を害すべき行為をした者は、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する。」

<第2回授業について>

*2023年4月25日追記

前回の訂正:

•刑法の詐欺罪の解説のところ:

「公布」→「交付」

*条文の引用は「交付」になっていたが、説明のところで誤りがあった。

前回の講義を受けて:

•民法では「違反」という言葉は使うが「罪」「有罪」という言葉は使わない。損害賠償は罰金ではない。罰金は刑法上のもの。一方刑法では「刑法違反」という言葉は使わない。

•実体法と実定法の違いに注意(実態法×)

•善意:知らない、悪意:知っている、という理解をすることがあるので注意  bona fideラテン語で「誠実」=「それを信じた」(ドイツ語ならGutglauben)

•独禁法の事件に関連し、行政処分であっても刑事制裁であって違反となる要件を全て満たす必要がある。

•「・・・」(独禁法*条)の形式でOK。

•レジュメを切り貼りするだけのものはまとめ、整理、論述ではない。

•引用箇所の文字数カウントは「記載」不要。

引用の方法:

•引用の仕方

1) 「」で括る

      「・・・・・」(誰々『何々』どこどこ(何年))

2)一行開ける、あるいは数文字下げる

引用される文献について:

•用語の説明は、可能な限り「法律用語辞典(有斐閣)」(法律用語の場合)、「広辞苑」(一般的用語)のようなスタンダードなものを用い、ネット情報には基本、依存しない。ただしメディアのニュースサイトのようなものは可能、あるいはWEB論文誌のようなものもあるので、そのクオリティーを確認し、自己責任で引用。

 *教員によってはここが厳しい場合もあるので注意!

•孫引き(誰かが引用しているものを現物を確認せずに引用すること)は禁止、どうしても原文確認が不可能な場合はその旨を示す。

•引用は必ず、どこかで文献の全体を表示すること。例えば、 「楠(2023)」と書いてあるがどの文献なのか不明の文章は、出所不明の引用として扱われる。

•引用した文献を提示しないのはルール違反(ネットからのコピペのケースでしばしばみられる)。

•Wikiのようなまとめ系(?)は人によってはOK、人によってはダメなので、要確認。この授業ではトレーニングの意味もあるので推奨しない(これまでのものは不利には扱わない)。

・レポート等で時間的制約が厳しいと授業の資料を参考文献で用いるケースが多くなるが、時間的余裕がある程度ある場合には、授業の資料以外に当たることで、内容の充実、複数の文献へのアクセス、自らの力で調べたこと等が高く評価される

法律の引用について:

•条文の引用については文献(『◯◯六法』)の指摘は不要 *どれでも同じだから・・・

•法律番号については制定された年のものを使い、その後の改正された時の改正法の番号は用いない。独禁法の場合、「昭和22年法律第54号」。一般的には本文の中に入れるか、注釈で言及する。

•購入した教科書の真似をしてみよう。

<第1回授業について:キーワード>

*2023年4月23日追記

第1回目の提出物で様々な感想をいただきました。350人もの受講生がいるので全てを書き出せませんし、全てコメントを返すこともできませんが、キーワードを示しつつ授業内で返答させていただきました(それだけで30分以上かかりました・・・)。

•法学の勉強の仕方  ・国連、国際裁判所の機能  ・投資詐欺  ・判例の意味

•自分の学習方法 ・学者として独禁法をどう見るか? 

•法曹志望(弁護士) ・解釈と立法の関係 ・変えるべき法律 ・量刑の妥当性

•ロールモデル、実践の場 ・ジェンダー、同性婚、差別 ・スポーツと法  ・コロナと法 •六法の読み方 ・レポート、リアペの書き方 ・無体財産権 ・税金の使い道

•法は常に後追いか ・いじめ問題 ・平和憲法 ・法の意識(日本と外国) ・法律以外のルール、ソフトロー

•ChatGPT, AIと法曹 ・リーガルマインド? ・財閥解体と独禁法 ・国際的ルール

•飲酒運転 ・基地問題 ・政治に関心ある人は? ・抽選科目とロードマップ

•自然法(と神法)  ・国際紛争(国際関係法学科) ・防衛、外交

•高校までに出てきた「法律」=法政策   ・外国法の面白さ ・英語で学ぶこと ・宗教と法、政治

•起訴されたら99%有罪の意味 ・やりたいことと「必修」のギャップ ・ウクライナ

・・・ご自身の入学前の関心事、改めて思い起こしてください。

<事前学習のてびき>

受講生に親しんでいただけるように、以下のYoutube収録をしました。別にYoutubeである必要はないのですが、みなさんが慣れ親しんでいるツールの方が入りやすいし気軽に楽しめそうだ、ただそれだけの理由です。

1 事前学習1:「法学部に入って」https://youtu.be/0WaNkKrLERQ

  法学部は何をするところか? どんなことを勉強するのか?

2 事前学習2:「法の適用を経験する」https://youtu.be/BfEalCF6m0g

  私の専門である独禁法を例に、具体的な法律の適用について眺めます。

3 事前学習3:「法解釈の実際」 https://youtu.be/hpmV5OGmBbI

  2同様に私の専門である独禁法を例に、法を解釈する作業の実際を共有します。

4 事前学習4:「用語と文献」 https://youtu.be/EFvE0-mTL_o

  法学に出てくる用語についてざっと見渡します(厳密な言葉の定義や意味は各科目で学ぶことになります)。併せて、よく見かける文献についても紹介します。

いきなり、「法学」ではないところからお話を始めます。学問一般の話です。

<法学入門コラム>

1公正な視点で議論がなされているか?

議論で重要なのはある主張が公正な立場、公正な視点からなされているかどうかは、自分に都合のよいや相手に都合の悪いことを切り取ってことさらに自分を有利に見せたり、相手を不利に見せたりするような不公正さがないかどうかで判断されるものです。

比較の対象をずらしたり、相手が言っていないことを言ったように見せかけたり、修辞を凝らして論破したように見せかけたり、あるいは罵声を浴びせるような態度は公正ではないですね。批判があれば、証拠をあげて論理的に、粛々と行えば足りるのであり、汚い言葉を吐きかけたり、相手をバカにしたような態度をとるのは、教養のある人は絶対にやってはいけないことです。後から明らかになった事実で以前の議論に修正を求めるのは正しい態度ですが、だからといって後出しで過去の言説をバカにするような発言は見てて醜さを感じます。私自身も反省しなければならないことが多々ありますが、「威勢のいい言葉遣い」には慎重にならなければならないと思います。

しかし、メディアではそういったコメンテーターをよく見かけますし、政治家はよく「空気作り」のために不公正な態度をとります。政治家は自分が目立たなくては意味がありませんし、コメンテーターも際立った物言いの人の方が好まれる傾向にありますので、如何ともし難いのが現実です。

SNSで誰もが自由に発信できるようになったことは望ましいことなのですが、その分無責任な言動がまかり通るようになったのは悲しいことです。SNSの全てが悪いとは決して思いませんが、安易にSNSの情報や言動を信用するべきではありません(もちろん、新聞やテレビのそれも安易に信じるべきではありませんが)。ネットの情報を参照するときは、「ウラ」を取るように心がけてください。よく「ネットによれば・・・」という文章を見かけますが、匿名性を前提に言いたい放題のネットの情報ほど不確かなものはありません。

私たちは不公正、不正確な言論に対するリテラシーを持たなければなりません。これは法学部の学生だからではなく、全ての大学生に共通するものですが、法学、政治学の場合は、人々の人権、義務、利害(あるいは民族対立、宗教対立といった紛争)に直結するものですので、特に注意しなければならないものです。理科系の場合は厳格な「論理とエビデンス」の手続きがありますので不公正な研究、見解はすぐにバレてしまいますが、文科系の場合はそうは行きません。騙される人は騙されてしまうのです。

そこで次の課題です!

皆さん、なんでもいいので、誰かが書いた評論を評論してください。お題は「この人は本当に公正な視点に立っているのか?」です。大学生と高校生とで決定的に違うのは、大学においては、与えられた教材が必ずしも正しいとは限らない、教えられたことが必ずしも正しいとは限らない、それは自分の力で真贋を判断し、自分の力で真実を発見することだということです(基本的な教材は争いのない事実、確定した事実、争いのない研究成果が記載されているのが一般であるので、それほどかまえなくてよいですが)。教員の言動に批判的であってよい、ということです。ただし、その条件は、自らは公正な立場で、論理と証拠に基づいて批判するということです。

2 法学部入門

大学に入って最初に戸惑うのは、履修に関すること(必修授業と選択必修と選択)・・・これは履修要覧を見ていただけるといいのですが、まず割り振られた語学科目、教養科目、導入演習、そして憲法(基本的人権)のような必修の専門科目を必ず履修するということですね。卒業要件というのは必修と選択必修の各要件を満たしつつ、総単位数の要件をクリアすつことで満たされるものです。その効果は「卒業」だったり「留年」だったりするわけです。くれぐれも科目のチョイスを間違えないようにしてください。前のトピックで掲げた学生の任意の相談サイトも活用されたらと思います。

*学科科目の他に、全学共通科目とかあったり、複雑にでき上がっていますので、特に最初の段階では慎重に接してください。そのうち慣れます。法学部の勉強(専門科目)は特に最初でつまずきやすいので注意が必要だということ・・・

法律というのは「要件」と「効果」という形で出来上がっているので、履修のルールに接することでもう法律学の一部に皆さんは接していることになります。例えば、刑法ですと、犯罪を構成する事実の要件のことを「構成要件」といいますが、これが必要なもの全てが満たされると「犯罪」として国家権力による制裁を下すことが法律上正当化されることになります。国の権力行使は極力避けなければならず、だからこそ法定されていなければならないのですが、刑法典といわれるものはまさに例外的に許容される場面を画定(define)しているものなのです。刑罰は特に人権制約の度合いが大きいですから、その内容は明確で、その手続は最大限人権に配慮したものでなければなりません。このことは罪刑法定主義といわれたり、罪刑均衡といわれたり、デュープロセスといわれたりします。憲法には関連するいくつかの定めがあります。契約とか所有権とか、私的自治の領域に関連する法律関係を律する民法の世界では、基本は各自の意思の自由に任せますので、関係者双方、詳細な部分まで合意に至ればそれが法律上の効果をうみます。強行法規といわれる動かせないもの、そして合意の外にあることがらについての補完的な規律を行うのが民法の役割ということになります。これも一定の要件を満たすことで法律上の効果がうみ出されるという関係が成り立っています。つまり、法律学の作業とは、どのような要件が定められ、それらはどのような意味なのか、どのような事実をもってそれが充足されるといえるのか、それを立証するのは誰か、といったことについて解釈、検討する作業だといってもよいかもしれません。

3 外国法も面白い

せっかく上智に入ったのですから、「憲法」もアメリカ連邦憲法に注目してもらいたいと思います。アメリカの歴史はその憲法の歴史から勉強するとよくわかります。阿川尚之さんという方が『憲法で読むアメリカ史』という本を書かれていて、これは本当に勉強になります。amazonでも普通に買えますので、ぜひ読んでもらいたいですね。

あと、上智にはAQUILAという法学科目を英語で受ける講座シリーズがあり、学科を問わず受講可能です。みなさんこれから多く参加なさると思うのですが、ここで、一つの論文を紹介したいと思います。Jamal Greeneが書いたTHE ANTICANON という、Harvard Law Review掲載の2011年の論文です。

で読めます。ANTICANON とは「正義の規範に反する(反模範)」のような意味です。アメリカ史上、正当化が許されない最高裁判決があって、

1. Dred Scott v. Sandford

2. Plessy v. Ferguson

3. Lochner v. New York

4. Korematsu v. United States 

がワースト4といわれています。黒人には市民権がないといってみたり、公共施設の人種分離はOKといってみたり、一日の労働時間の制限は違憲といってみたり、WW2での日系人の強制収容はOKといってみたり、アメリカの黒歴史といわれるものばかりです。しかし、一方でアメリカの歴史はこういったことに正面から向き合い、克服する歴史でもあるのです。この論文は、再びこれらの最悪の判例に向き合い、歴史的再定位を行い、憲法の議論へとフィードバックさせようとするものです。これらの判例の紹介だけでも読んでおくとためになります。

4 罪と罰の法理

私の専門は経済法(独占禁止法)なのですが、独占禁止法には刑事罰規定もあって刑法の議論もたまにやります。

刑法は法律学の中でも一番「理屈っぽい」分野と思われていて、確かに「違法性」だとか「責任論」だとか「相当因果関係」(今で古臭い概念のようですが)とか面倒くさい概念が出てきます。ただ、基本はそれほど難しくはなく、刑罰を科す根拠としての犯罪の成立のためには、法に規定された要件を満たし(行為と結果との間に因果関係があり)、それが違法であり、有責性が必要だということで、違法とは行為を客観的に見て「悪い」という評価が下せるもの、責任とは行為者個人が備える属性として責めることができるもの、ということを指します。例えば、刑事未成年の行為は、悪いといえば悪いのですが、本人の年齢を考えれば刑罰として非難するには足りないという観点から責任が問えないとして、犯罪の成立を否定します。もう一つ責任の要素として重要なのが故意とか過失といった「主観」にかかわる要素で、過失責任の規定がない以上、故意のない行為は有罪にはできません。何故ならば犯罪であることを認識しない、できない状態に置かれているその人には刑罰としての非難を科すには足りないからです。

独占禁止法違反で刑事事件になった有名なものとして、石油元売会社による価格カルテル事件があります。これは今から50年ほど前の石油ショックの際に、原油の価格が急上昇して石油(ガソリン、灯油等)業界がパニックになった時に当時の通商産業省が、石油元売会社にカルテルを組むように行政指導したことを受けて、企業間でカルテルを行ったことが公正取引委員会に摘発されて刑事事件になったものでした。

石油元売会社は省庁の指導があったのだから「違法性を認識しなかった」として、責任がない(=故意がない)と主張しました。独占禁止法には過失犯規定がないので、そうすると無罪になりそうですが、有罪となりました。最高裁は「違法性を認識しなかった」では足りず「違法性を認識する可能性がなかった」場合にのみ故意の不存在(責任の阻却)を認めると判示しました(結果的に有罪)。

「違法性の認識=責任の問題?」と考えただけでも嫌になりますが、刑法は一度「ものの考え方」を身に付けてしまうと面白くて仕方がないそうです(私はその域には達していませんが)。

構成要件、違法、責任・・・この三つの言葉は覚えておきましょう。

そして「責任」に関連して、さらに悩ましい問題が独占禁止法にはあります。それは独占禁止法違反については企業に対する刑事罰規定が存在することです。何が問題か一瞬わからないでしょうけど、責任とは違反行為者の主観に係ることといいましたが、企業に故意とか過失とか概念できるのでしょうか。できないのであれば、故意責任も過失責任も問えないので、企業には必然的に刑罰を科すことができないという結論になりそうですが、独占禁止法という立法は企業に対する刑事責任を定めています。一方、皆さんが学部で勉強する刑法典には企業に対する刑事罰は存在しません。それは「責任」の考え方を徹底する責任主義が貫かれているからです。自然人(生身の人間)にのみ主観的属性が概念できる、という発想がそこにあります。

つまり法律の間で齟齬が生じているように見えるのです。これはしばしば刑法典はドイツ法学の伝統を受け継いだものなのに対して、独占禁止法はアメリカ由来のものであるという母法の違いとしてよく説明されます。この二つの法継受をどう整合的に説明するか、いまだに学術的に結論が出ていない問題なのです。

5 難関(?)な民法

法学部学生にとっての難関(?)は民法です。総則と債権各論が必修になっています。自分は国際政治がやりたいのに何故民法、と思う人もいるでしょうけれども、おおよそ法学部生である以上、民法は基本中の基本です。徹底した共産主義国家でもない限り、誰もが私人間(個人間)で私的な(自由なものとそうでないものがありますが)社会関係を形成し、その多くの部分が法的問題に関わるものです。例えば、ものを買う、お金を貸す、銀行に預ける、アパートを借りる、家を建設会社にたたてもらう、といった行為は「契約」(契約上の権利義務関係は「債権・債務」として表現されます)ですし、土地や財産の所有、(借金するとき)土地を担保に入れること(返せなければ貸した側が競売にかけ現金化できる)といったことがらは「物権」といわれる分野が扱います。また親子・兄弟・相続といった(血縁等の)人間関係は家族法といわれる分野がこれを扱います。実はこれらの幅広い人間関係の法的規律の基本は全部、民法典という法律が扱っています(ですので、憲法の10倍、刑法の5倍もの条文数があるのです)。

みなさんがコンビニでものを買うとき、何気にものを買っていますが、これは売買契約として民法の上に乗っている行為をしているのです。これくださいで契約の申し込み、「はいいくら」でお金を払って商品を受け渡したら売買成立です。民法はこういった行為のプロセスを細分化して、各々に法的意味を与えます。間違えて買ってしまった場合、騙されて買ってしまった場合、商品が不良品だった場合、取り替えのきかないものだった場合、色々なケースに応じて、一定の条件(要件)の下で一定の結論(=効果)(無効といえるとか、賠償請求できるとか)を導くように設計されています。契約にも色々あって、売買、賃貸、請負、委任・・・等々です。各々に対して色々な規定があります。家族法も同じで、こういった家族の関係があった場合にはこういうことを主張できる(権利)、こういうことをしなければならない(義務)のようなことがたくさん書かれています。

刑法もそうですが、法律は数学でいう「関数」のような性格があって、ある一定の条件(数)を「関数」に与えると一定の結論(数)が得られるようになっています。y=2xだとxに2を与えるとyは4になるように。プログラミングも同じ発想ですよね。私たちの分野だと、人々の権利義務関係において法律という関数があって、一定の条件を与えると法に定められた要件の下で、一定の結論を導いてくれるような「仕掛け」だといえるのでしょう。あとはその関数の意味を理解して、自分で使いこなせるようになればいいのです(と、簡単にいいますが、そこから先が大変なのですが・・・)。

少しは法律に対する不安が解消されたでしょうか、あるいはますます不安になったでしょうか。もちろん、数学なんて知らなくても法律は勉強できます・・・「法と経済学」というやや特殊な分野を除けば、ですが。数学がリアルに得意な人にはオススメの分野です。

6 会社の話

会社法は1年生で勉強することはないとは思うのですが、社会に出たらほぼ全ての人が関係する法領域です。簡単にいえば、会社(株式会社)という組織内部の構成(形成)、各役職の権限と義務、責任に係る法律です。会社というと社長とか副社長(これらの言葉は会社法上意味はないのですが)とか出てきますが、株式会社を知るためにはまず「株(stock)」「株主(stockholders)」を知らなければなりません。株とは会社が発行する「分割された所有権」みたいなもので、100株発行していたらそのうち51株を所有していたら過半数を握っているので実質的所有者ということになります。会社の意思決定は民主的に行われますので、半分を握っていれば「勝ち」ということになります。政治と異なるのは、一人一票ではなく、お金を払ってたくさんの株を所有することができるということです。

なぜ人は株を買って投資しようとするのか。しばしば株かって大儲け(倍になった)とか大損(半分になった)したとかいいますが、これは株投資の半分の側面しか言っていなくて、本当は会社が獲得した利益から経費等を差し引いて残った配分可能財産を配分(配当といいます)してもらうことが株を所有することの本当の意味なのです。つまり大儲けした会社は、その次の決算で株主に儲かった分を還元するという仕組みが「株」なのです。

さて、株主が会社の所有者(法律上はです。しばしばいや会社は労働者のものだとか、社会のものだとかいいますが、これは法的な議論ではありません。ただ、海外では労働者代表が会社の役員になるようなケースもあるようで、考え方は様々ですが、基本は株主=所有者です)なのですが、所有者である株主は会社の経営者を選びます。株主は投資はするけれども経営はしないのが通常です(小さな会社やオーナー会社は別です、多分アパホテルなどはあの社長夫妻が株をほぼ持っているのでしょう)。かつては所有者が自ら経営するのが一般でしたが、今では一定規模以上の会社は所有と経営が分離しています。20世紀前半に分離が定着したといわれています。このことを専門的に初めて論じた、Adolphe A. Barle, Jr. and Gardiner C. Means,, “The Modern Corporation and Private Property,” Macmillan (1932)はこの領域で世界でもっとも有名な著作の一つです。 

株主が選任するのが「取締役(directors)」です。その取締役が構成するのが「取締役会(board)」です。今では会社経営に係る様々な委員会が設置され(委員会設置会社の場合)、これらによってガバナンスをする形態も出てきているので、説明するのがややこしいのですが、何れにしても「取締役」という概念は重要です。かつては(いまでも多くの場合)取締役の中で代表権を持つ人(代表取締役)が「社長」といわれますが、法的にはリンクしてません。取締役はそれこそ取締るのであって、自ら経営を実施しないのが会社法の建前です(昔は取締役が経営をそのまましていました)。そこで出てくるのが執行役(executive officers)です。その最高責任者のことをCEO(chief executive officer)といいます。日本は中途半端で取締役が執行役を兼ねていたりします。アメリカでは CEOは敏腕経営者が招かれ莫大な報酬を得ます(GEのウェルチとかIBMのガースナーとか。新しい会社の場合は創立者がCEOとなりますね。ビル・ゲイツとか)。経営をするのであって、監督をするのではないのです。日本の場合は、従業員になって、幹部になって、執行役になって(取締役になって)、そして代表執行役(代表取締役)となってCEOを名乗ることが多いですね。だいたい取締役と執行役を兼ねること自体、組織形態として謎ですが、これは歴史的経緯によるものです(その辺の話をおそらく会社法の授業の最初の方にされます)。

そして監査役が出てきます。監査を行う人(auditor)です。そして一定数、取締役と監査役を社外の人にするというルールもあります。色々な人に対して色々な権限と義務があります。こうした組織形態について細かく定めているのが「会社法」です。取締役がヘマをして損害を生じさせた場合には、株主が会社への損害の塡補を訴える仕組みもあります。これを代表訴訟といいます(英語ではderivative actionといいます)。

会社が一定規模になったら上場するケースが多いです。上場とは株式公開のことで、証券取引所で自社の株を売買させることです(新規公開のことをIPO(Initial Public Offering)といいます)。例えば100万株を市場に放出して、一株5000円の値がついたとします。その瞬間にオーナーの所に(単純計算ですが)50億円の資金が入ってくることになります。ただ、その会社に一株5000円の価値があると市場が判断したという前提ですが。IPOに成功したベンチャー企業のオーナーはその瞬間に富豪となります。みんなそんなことを考えますが、実際にうまくいく人はほんのわずかですね。世の中そんなに甘くないです、、、。

7 やっと私の専門の独禁法

「押し紙」というのを知っていますか? 簡単にいえば、新聞発行社が新聞販売店に対して、販売部数の維持・拡大(「拡販」と言います)を要求し、ノルマを課し、そのノルマを達成できなかった場合には、その販売店が購読料を負担するという「押し付け行為」のことを言います。例えば、ある販売店が300部のノルマがあり、その月は解約者数が多く、280部に止まった場合には、達成できていない20部(1部一月4000円だとするならば8万円分)を販売店が購入する(実際には販売手数料を減額される)という仕組みです。新聞の販売所は、その新聞社の新聞を販売、配達することによって生計を立てていますので、簡単には断れません。「あなたの所とは契約を解消して近隣の所に依頼する」とされたらおしまいです。結局、厳しいノルマと「押し紙」に耐えられず、その販売店は潰れてしまい、損害賠償を求めて訴えました。

佐賀地裁は(元)販売店の請求を一部認めて新聞社に1000万円近い賠償を命令しました。

「押し紙」は「独占禁止法」違反になるということでしたが、通常、この手の問題は不公正な取引方法(19条)規制のうちの「優越的地位濫用」という規制の問題として扱われます(2条9項5号にあります)。条文を見てみましょう。

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五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。

イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。

ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。

ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。

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 長い文章ですが、簡単にいえば「優越的な地位」を「濫用」してはダメだということです。違反が認められると売上の1%の金額を制裁として国に支払う義務が生じます(今回は損害賠償請求だったので、損害額が被害者に支払われることになります)。優越的地位とは「取引関係上強い立場にある」ことを言い、濫用とは不利益の押し付けを言います。

この規制は最近頻繁に用いられています。例えば「楽天の送料無料問題」「コンビニの24時間営業押し付け問題」等々です。最近では芸能界のいわゆる「不当契約」でもこの規制が注目されています。私の書いたコラムのいつくかがこれを扱っている(例えばhttp://agora-web.jp/archives/2044564.html)ので、ぜひみてください。

ただ、新聞業には公正取引委員会は不公正な取引方法規制に係る「特殊な告示」を行なっており(特殊指定と言います)、本件はそちらの問題とされたようです。以下の3ですね。

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新聞業における特定の不公正な取引方法:

1 日刊新聞(以下「新聞」という。)の発行を業とする者(以下「発行業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、異なる定価を付し、又は定価を割り引いて新聞を販売すること。ただし、学校教育教材用であること、大量一括購読者向けであることその他正当かつ合理的な理由をもってするこれらの行為については、この限りでない。

2 新聞を戸別配達の方法により販売することを業とする者(以下「販売業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、定価を割り引いて新聞を販売すること。

3 発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。

一 販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)。

二 販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。 

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「押し紙」については、この地方新聞社だけではなく、全国紙でもしばしば取り上げられています。しかし、新聞で報道されることはほとんどありません。それは自分のことだからです。新聞社はあくまでも協力関係の一環だとしており、それは自発的な取り組みだと主張します。今回のケースでも新聞社は控訴するそうです。

新聞社のケースではこれはひどいと思われる人が多いと思いますが、例えば楽天ではどうでしょう、楽天はAmazonとの対抗上、無料化の選択肢しかないと考えていました。コンビニではどうでしょう。コンビニのビジネスモデルは「いつでもあいている」です。困るからやめてくれというのであれば、普通のビジネスの感覚からすると「では契約を解消しましょう」となりますが、立場の強弱があるとなぜ救われるのでしょうか。(楽天でもコンビニでも)店舗は労働者ではなく事業者なのに。その価値判断は大きく割れることになります。優越的地位濫用規制は「不当」な行為に対して及びます。では何が不当で何が不当でないのか、簡単な問題ではないのです。

8 絶対面白い法制史

日本史を勉強した人は重要産業統制法とか、満州産業開発五カ年計画とか戦前の統制経済立法、計画を勉強した記憶があると思います(ついこの間のことですね)。世界史選択の方は、ソ連やナチスの経済統制立法・計画を勉強したはずです。国家主義者岸信介が官僚時代にドイツ型、ソ連型の統制経済を参考に、日本の経済発展の立法上の基礎を画策したという知識がある方もいるかもしれません。

経済に対する立法(法制)の基本的考え方の違いを知ることは、法学を勉強する上で非常に重要です。ドイツと日本は統制型ですね、19世紀の段階で経済的には後進国だったので、自由市場に全幅の信頼をおくことはできなかった。一方、英国や米国は契約の自由を出発点に、これを規律する法原理をコモン・ローの世界で発展させる歴史的経緯を辿ります。

日本の場合、第二次世界大戦までドイツ型の統制立法による経済的規律を推進してきましたが、戦後になって急に「経済民主化」という考えが「上から」降ってきます。財閥解体とともにGHQの政策として知られる「独占禁止法の制定」がそれですね。いきなり「競争こそが経済の基調だ」となるわけです。

それまでそんな考え方は浸透してなかったので、日本の法学会は混乱します。当初は独占禁止法も経済統制立法だとか、独占禁止法は一つの手段に過ぎないといった反応が主流でした。実際に、朝鮮戦争の後、独占禁止法はほとんど適用されなくなります。サンフランシスコ講和条約によって独立した日本はGHQの政策に従う必要がなくなったからです。また統制色の強い経済復興が模索されます。

国民生活緊急安定措置法は石油ショックの時期にできた法律ですが、生活必需品に特定標準価格を設定しこれを超える価格で販売した事業者に課徴金を課すなど、非常に価格統制色の強い立法です(今はマスクの転売禁止で知られていますが)。独占禁止法よりもはるかにDas Wirtschaftsrecht (経済法)という思想に近い立法です。

こういう歴史的観点から眺める法学研究というのも面白いですよ。世の中の全体像が鳥瞰できて、立法の本質がよく理解できます。ちなみに、本学法学部の松本尚子先生がナチス期の Wirtschaftsrecht について論文を書かれています。https://ssl.shiseido-shoten.co.jp/category/NEW/9784326449828.html 興味ある人はどこかで入手して読んでみてください。松本先生は西洋法制史の研究者です。ローマ時代の法(もっと前)から始まり、教会法、コモンロー・近代フランス法・ドイツ法に至るまで、世界史好きの人にはもってこいの分野です。教会法といえば、イタリア・グレゴリアン大学の菅原先生が集中講義で上智で教えています(年によりますが)。せっかく上智に入ったのだから、ここでしかできない勉強をするのも手だと思いますね。