1 難関(?)の民法
法学部生にとっての難関(?)は民法です。大抵(一部が)必修になっています。自分は政治がやりたいので法学部に入ったのに何故民法がマスト?、と思う人もいるでしょうけれども、おおよそ法学部生である以上、民法は基本中の基本です。徹底した共産主義国家でもない限り、誰もが私人間(個人間)で私的な(自由なものとそうでないものがありますが)社会関係を形成し、その多くの部分が法的問題に関わるものです。例えば、ものを買う、お金を貸す、銀行に預ける、アパートを借りる、家を建設会社にたたてもらう、といった行為は「契約」(契約上の権利義務関係は「債権・債務」として表現されます)ですし、土地や財産の所有、(借金するとき)土地を担保に入れること(返せなければ貸した側が競売にかけ現金化できる)といったことがらは「物権」といわれる分野が扱います。また親子・兄弟・相続といった(血縁等の)人間関係は家族法といわれる分野がこれを扱います。実はこれらの幅広い人間関係の法的規律の基本は全部、民法典という法律が扱っています(ですので、憲法の10倍、刑法の5倍もの条文数があるのです)。
みなさんがコンビニでものを買うとき、何気にものを買っていますが、これは売買契約として民法の上に乗っている行為をしているのです。これくださいで契約の申し込み、「はいいくら」でお金を払って商品を受け渡したら売買成立です。民法はこういった行為のプロセスを細分化して、各々に法的意味を与えます。間違えて買ってしまった場合、騙されて買ってしまった場合、商品が不良品だった場合、取り替えのきかないものだった場合、色々なケースに応じて、一定の条件(要件)の下で一定の結論(=効果)(無効といえるとか、賠償請求できるとか)を導くように設計されています。契約にも色々あって、売買、賃貸、請負、委任・・・等々です。各々に対して色々な規定があります。家族法も同じで、こういった家族の関係があった場合にはこういうことを主張できる(権利)、こういうことをしなければならない(義務)のようなことがたくさん書かれています。
刑法もそうですが、法律は数学でいう「関数」のような性格があって、ある一定の条件(数)を「関数」に与えると一定の結論(数)が得られるようになっています。y=2xだとxに2を与えるとyは4になるように。プログラミングも同じ発想ですよね。私たちの分野だと、人々の権利義務関係において法律という関数があって、一定の条件を与えると法に定められた要件の下で、一定の結論を導いてくれるような「仕掛け」だといえるのでしょう。あとはその関数の意味を理解して、自分で使いこなせるようになればいいのです(と、簡単にいいますが、そこから先が大変なのですが・・・)。
少しは法律に対する不安が解消されたでしょうか、あるいはますます不安になったでしょうか。もちろん、数学なんて知らなくても法律は勉強できます・・・「法と経済学」というやや特殊な分野を除けば、ですが。数学がリアルに得意な人にはオススメの分野です。
2 会社法について
会社法は社会に出たらほぼ全ての人が関係する法領域です。簡単にいえば、会社(株式会社)という組織内部の構成(形成)、各役職の権限と義務、責任に係る法律です。会社というと社長とか副社長(これらの言葉は会社法上意味はないのですが)とか出てきますが、株式会社を知るためにはまず「株(stock)」「株主(stockholders)」を知らなければなりません。株とは会社が発行する「分割された所有権」みたいなもので、100株発行していたらそのうち51株を所有していたら過半数を握っているので実質的所有者ということになります。会社の意思決定は民主的に行われますので、半分を握っていれば「勝ち」ということになります。政治と異なるのは、一人一票ではなく、お金を払ってたくさんの株を所有することができるということです。
なぜ人は株を買って投資しようとするのか。しばしば株かって大儲け(倍になった)とか大損(半分になった)したとかいいますが、これは株投資の半分の側面しか言っていなくて、本当は会社が獲得した利益から経費等を差し引いて残った配分可能財産を配分(配当といいます)してもらうことが株を所有することの本当の意味なのです。つまり大儲けした会社は、その次の決算で株主に儲かった分を還元するという仕組みが「株」なのです。
さて、株主が会社の所有者(法律上はです。しばしばいや会社は労働者のものだとか、社会のものだとかいいますが、これは法的な議論ではありません。ただ、海外では労働者代表が会社の役員になるようなケースもあるようで、考え方は様々ですが、基本は株主=所有者です)なのですが、所有者である株主は会社の経営者を選びます。株主は投資はするけれども経営はしないのが通常です(小さな会社やオーナー会社は別です、多分アパホテルなどはあの社長夫妻が株をほぼ持っているのでしょう)。かつては所有者が自ら経営するのが一般でしたが、今では一定規模以上の会社は所有と経営が分離しています。20世紀前半に分離が定着したといわれています。このことを専門的に初めて論じた、Adolphe A. Barle, Jr. and Gardiner C. Means,, “The Modern Corporation and Private Property,” Macmillan (1932)はこの領域で世界でもっとも有名な著作の一つです。
株主が選任するのが「取締役(directors)」です。その取締役が構成するのが「取締役会(board)」です。今では会社経営に係る様々な委員会が設置され(委員会設置会社の場合)、これらによってガバナンスをする形態も出てきているので、説明するのがややこしいのですが、何れにしても「取締役」という概念は重要です。かつては(いまでも多くの場合)取締役の中で代表権を持つ人(代表取締役)が「社長」といわれますが、法的にはリンクしてません。取締役はそれこそ取締るのであって、自ら経営を実施しないのが会社法の建前です(昔は取締役が経営をそのまましていました)。そこで出てくるのが執行役(executive officers)です。その最高責任者のことをCEO(chief executive officer)といいます。日本は中途半端で取締役が執行役を兼ねていたりします。アメリカでは CEOは敏腕経営者が招かれ莫大な報酬を得ます(GEのウェルチとかIBMのガースナーとか。新しい会社の場合は創立者がCEOとなりますね。ビル・ゲイツとか)。経営をするのであって、監督をするのではないのです。日本の場合は、従業員になって、幹部になって、執行役になって(取締役になって)、そして代表執行役(代表取締役)となってCEOを名乗ることが多いですね。だいたい取締役と執行役を兼ねること自体、組織形態として謎ですが、これは歴史的経緯によるものです(その辺の話をおそらく会社法の授業の最初の方にされます)。
そして監査役が出てきます。監査を行う人(auditor)です。そして一定数、取締役と監査役を社外の人にするというルールもあります。色々な人に対して色々な権限と義務があります。こうした組織形態について細かく定めているのが「会社法」です。取締役がヘマをして損害を生じさせた場合には、株主が会社への損害の塡補を訴える仕組みもあります。これを代表訴訟といいます(英語ではderivative actionといいます)。
会社が一定規模になったら上場するケースが多いです。上場とは株式公開のことで、証券取引所で自社の株を売買させることです(新規公開のことをIPO(Initial Public Offering)といいます)。例えば100万株を市場に放出して、一株5000円の値がついたとします。その瞬間にオーナーの所に(単純計算ですが)50億円の資金が入ってくることになります。ただ、その会社に一株5000円の価値があると市場が判断したという前提ですが。IPOに成功したベンチャー企業のオーナーはその瞬間に富豪となります。みんなそんなことを考えますが、実際にうまくいく人はほんのわずかですね。世の中そんなに甘くないです、、、。
「法と経済学」の受講生の方、このガバナンス問題はどう考えますか? コース、ウィリアムソン、ホルムストロム、ハート・・・何か示唆的なものがあるでしょうか。
3 独禁法について
こんなニュースがありました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200515/k10012432001000.html
「押し紙」というのは何か。簡単にいえば、新聞発行社が新聞販売店に対して、販売部数の維持・拡大(「拡販」と言います)を要求し、ノルマを課し、そのノルマを達成できなかった場合には、その販売店が購読料を負担するという「押し付け行為」のことを言います。例えば、ある販売店が300部のノルマがあり、その月は解約者数が多く、280部に止まった場合には、達成できていない20部(1部一月4000円だとするならば8万円分)を販売店が購入する(実際には販売手数料を減額される)という仕組みです。新聞の販売所は、その新聞社の新聞を販売、配達することによって生計を立てていますので、簡単には断れません。「あなたの所とは契約を解消して近隣の所に依頼する」とされたらおしまいです。結局、厳しいノルマと「押し紙」に耐えられず、その販売店は潰れてしまい、損害賠償を求めて訴えました。
佐賀地裁は(元)販売店の請求を一部認めて新聞社に1000万円近い賠償を命令しました。
「押し紙」は「独占禁止法」違反になるということでしたが、通常、この手の問題は不公正な取引方法(19条)規制のうちの「優越的地位濫用」という規制の問題として扱われます(2条9項5号にあります)。条文を見てみましょう。
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五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。
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長い文章ですが、簡単にいえば「優越的な地位」を「濫用」してはダメだということです。違反が認められると売上の1%の金額を制裁として国に支払う義務が生じます(今回は損害賠償請求だったので、損害額が被害者に支払われることになります)。優越的地位とは「取引関係上強い立場にある」ことを言い、濫用とは不利益の押し付けを言います。
この規制は最近頻繁に用いられています。例えば「楽天の送料無料問題」「コンビニの24時間営業押し付け問題」等々です。最近では芸能界のいわゆる「不当契約」でもこの規制が注目されています。私の書いたコラムのいつくかがこれを扱っている(例えばhttp://agora-web.jp/archives/2044564.html)ので、ぜひみてください。
ただ、新聞業には公正取引委員会は不公正な取引方法規制に係る「特殊な告示」を行なっており(特殊指定と言います)、本件はそちらの問題とされたようです。以下の3ですね。
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新聞業における特定の不公正な取引方法:
1 日刊新聞(以下「新聞」という。)の発行を業とする者(以下「発行業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、異なる定価を付し、又は定価を割り引いて新聞を販売すること。ただし、学校教育教材用であること、大量一括購読者向けであることその他正当かつ合理的な理由をもってするこれらの行為については、この限りでない。
2 新聞を戸別配達の方法により販売することを業とする者(以下「販売業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、定価を割り引いて新聞を販売すること。
3 発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。
一 販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)。
二 販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。
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「押し紙」については、この地方新聞社だけではなく、全国紙でもしばしば取り上げられています。しかし、新聞で報道されることはほとんどありません。それは自分のことだからです。新聞社はあくまでも協力関係の一環だとしており、それは自発的な取り組みだと主張します。今回のケースでも新聞社は控訴するそうです。
新聞社のケースではこれはひどいと思われる人が多いと思いますが、例えば楽天ではどうでしょう、楽天はAmazonとの対抗上、無料化の選択肢しかないと考えていました。コンビニではどうでしょう。コンビニのビジネスモデルは「いつでもあいている」です。困るからやめてくれというのであれば、普通のビジネスの感覚からすると「では契約を解消しましょう」となりますが、立場の強弱があるとなぜ救われるのでしょうか。(楽天でもコンビニでも)店舗は労働者ではなく事業者なのに。その価値判断は大きく割れることになります。優越的地位濫用規制は「不当」な行為に対して及びます。では何が不当で何が不当でないのか、簡単な問題ではないのです。