今日(2020年1月6日)の読売新聞の記事より(「飲食店に休業指示、応じない店名を公表…緊急事態宣言に合わせ政令改正」)。
新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言に合わせ、政府が改定する基本的対処方針の原案が分かった。宣言の対象となる東京都と埼玉、千葉、神奈川3県で知事が飲食店に休業を指示できるよう政令を改正し、不要不急の外出の自粛要請も行う。菅首相は7日に宣言を発令する予定だ。
「現在、感染が拡大している地域の知事は、新型インフルエンザ対策特別措置法24条に基づいて飲食店に営業時間短縮を要請しているが、「応じない店が多い」(政府関係者)のが実情」であり、「宣言発令後は、特措法45条に基づきキャバクラやカラオケ店などに休業要請もできる。時短や休業の要請に応じない店には指示を出せ、店名も公表されるため、一定の効力が見込まれる」が「特措法と同法施行令が規定する対象施設に飲食店は含まれていないため、施行令改正で追加する」とのことである(同記事)。他の報道ではこれに関連して「罰則」(「過料」のようである)の追加の案も与党側から提起されており、野党からは「補償」を優先すべきという意見が出ているという(2020年1月5日のN H Kウェブ記事より)。
特措法24条はその9項で「都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る・・・対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る・・・対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。」と一般的に定め、この要請に対しては公表の規定は存在しないし、従わない場合の指示の規定もない。罰則規定も当然ない。では緊急事態宣言を出せば飲食店への時短指示が可能かというとその根拠規定がない。緊急事態宣言後は、指導のレベルに止まる要請を超えて処分としての指示(内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長から都道府県知事宛ての事務連絡参照)に踏み込むことができるがその分対象を絞り込むことになり、飲食店一般には現行法令では及んでいない。そこで上記報道のような事態に至ったのである。
確かに、緊急事態宣言を出しても拘束力のある対応ができなければ「雰囲気」でしかない。その雰囲気も最初は緊張感を伴うが、慣れてしまうと弛緩したものになってしまう。緊急事態宣言の前後で政府や地方自治体の対応が変わらないと見透かされた段階で、人々は行動を変えようとしないだろう。
特措法には緊急事態宣言後に民間業者の経済活動を拘束する強権的な規定がいくつか存在する(最も参照頻度の高い中央法規の『逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法』は現在、その高い社会的必要性からWEB公開されている。以下この著書に言及する際には「解説」と表記する)。以下、いくつかに言及しよう(権限発動の主体は機関の「長」、都道府県「知事」等なのだが、以下、「長」「知事」等の言葉は省略する)。
指定公共機関に含まれる民間業者(電気通信、水道、製薬、輸送等)は「緊急事態において、それぞれその業務計画で定めるところ」により、業務に係る「必要な措置を講じなければならない」等と定められている(52条以下)。民間業者については、行政庁から免許、許可等を受けて各種事業法等による行政庁からの監督下で公益性、公共性のある業務を行っている者が指定の対象となる(解説22頁)。また、国、都道府県等は緊急物資の輸送、医薬品・医療機器の配送を要請することができ、正当な理由なく従わない場合には「指示」を出すことができる。この指示に従わない場合には違法状態となる。但し、罰則はない。
より強力なのが、「物資の売渡し」である。国、都道府県は緊急事態の措置として必要があるときには(政令で定める)「必要な物資・・・であって生産、集荷、販売、配給、保管又は輸送を業とする者が取り扱うもの」について、「その所有者に対し・・・売渡しを要請することができる」と定め、「正当な理由がないのに・・・要請に応じないとき」は「特に必要があると認めるときに限り、当該特定物資を収用することができる」と定めている(55条1項、2項、4項)。ここでいう「収用」とは処分業者に当該物資を原始取得させその所有者の財産権を全面的に失わせる行政処分であって、行政不服審査法上の不服申立ての対象となる(解説203頁)。同様に、必要な物資についての保管命令の規定も存在する(55条3項)。いずれも損失の補償の対象となる(62条1項)。なお保管命令については罰則があり、該当する「物資を隠匿し、損壊し、廃棄し、又は搬出した者」に対して6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科される(76条)。
特措法上の罰則は、この罰則の他に、土地収用(ここでは触れていないが)、物資の収用の際の検査拒否に対する罰則があるだけで、都道府県によるイベント会場等の使用の制限、停止等に係る指示(45条3項)は罰則が伴っていない(指示に際して公表はなされる)。イベント会場等の使用の制限、停止等についてはこれに応じた業者への補償の規定もない。これは罰則の有無、期間の長短、損害の多寡、危険な状況での営業のそもそもの妥当性等を考慮してのことだという(解説161頁)。
ここに飲食店を追加して罰則規定を設けよう、あるいは補償規定を設けよう、というのである。確かに「密」の度合いからいえばこれまでにリストアップされた施設との比較では変わりはないが、施設にも大小あり、個室の有無、空気の入れ替えの容易さなどまちまちであり、その数の多さを考えれば一般的な要請以上のことができない、という事情も理解はできる。指示(さらに強化して命令)となれば該当する飲食店の特定が必要になり、罰則導入となれば膨大な手続上の負担が生じる。応じない飲食店が例外的であればまだしも、数多くの飲食店が周りの状況をみて時短を拒み続けるならば、行政あるいは当局はどこを「見せしめ」的に吊し上げるかに悩むだろう。罰則があること自体が象徴的な意味を持つという意見もあるだろが、機能しない立法ならば逆のメッセージになりかねない。当初から違法状態が当たり前に放置される立法は、法律への信頼を損ねる悪手である。やるなら徹底的にやらねばならないが、それだけの覚悟はあるのか。
現在の特措法上の罰則規定は保管命令違反と検査拒否について用意されている。これは対象となる少数の業者が特定されている状態を前提にしている。おそらく特措法制定時に罰則規定の射程についての議論がおおいになされ、結果として「相当に絞り込んだ」のではないだろうか。
損失の補償については、上記の「罰則の有無、期間の長短、損害の多寡、危険な状況での営業のそもそもの妥当性等」という制度の根拠をどう捉えるか、の問題がある。野党は罰則よりも補償をというが、罰則のような強権があるからこそ補償という話にもなるのではないか。少なくとも現行特措法における各種補償規定は「有無をいわせない」場合に限定されており、その「思想」自体を変えていかなければならないだろう。
最後に一点、特措法上、経済面での介入についての罰則や補償に係る規定は同法第4章(緊急事態宣言)の第4節である「国民生活及び国民経済の安定に関する措置」に集中しているが、類似のものとして特措法の他に、コロナ禍で発動された経済統制法令として国民生活安定緊急措置法の存在を思い出して欲しい。この法律は3月に発動され、マスクの高額転売が禁止されたことからも分かる通り、特措法上の緊急事態宣言とは無関係のものである。 必要な物資の安定的な供給を目指すものであり、感染症の拡大を防止するための措置とは距離があるが、場合によっては生産計画の作成義務を課すなど、強権性の強い経済過程への介入を可能にするものであり、違反のタイプを柔軟に政令に委ね、法定刑が違反によっては最長5年の懲役であるなど特措法よりも重いものとなっている。単純な比較はできないが、このような立法の存在を前に、(法的拘束力の限定的な)今のままの特措法での緊急事態宣言とは何なのか、を改めて考えさせられる。