国宝工事をめぐる官製談合事件について

2020年6月25日付の日本経済新聞記事(「官製談合疑いで県職員逮捕 滋賀、国宝工事巡り」)より。

滋賀県警は25日までに、国宝や重要文化財の修理工事の競争入札で予定価格に近い価格を建設会社側に漏らし、不正に落札させたとして、滋賀県教育委員会の主査・・・を官製談合防止法違反と公競売入札妨害の容疑で逮捕した。

落札した業者の「社長・・・も公競売入札妨害容疑で逮捕した」(同記事)という。

一昔前であれば、発注者による予定価格の漏洩行為は談合の幇助のような機能を果たしていた、と考えてほぼ間違いなかった。予定価格は落札金額の上限を画するので、これが業者側に伝わると談合が容易になるからである。予定価格が分からないと、談合によってどこまで価格を吊り上げてよいか談合業者側には分からず、誤ってオーバーしてしまえば入札が流れ(再度入札を繰り返せば結果は同じになるが面倒な話になる)、保険をかけて低い価格で調整すれば談合の利益が減少する。予定価格を漏洩することは、談合の実施を容易にするのである。

予定価格(を推測させる価格)の漏洩、予定価格付近での落札と報じられると、多くの読者は上記の「業者間の談合+発注者側の関与」を想起するだろう。

しかし、報じられた内容だけからするとそうとも言い切れないというのが、筆者の見立てである。業者間で価格を吊り上げる談合がなくても、発注者には予定価格を漏洩する動機が存在するからである。それは他の業者ではない特定の業者に落札させたいという意向が発注者側にあり、その意向を汲んで当該業者が落札する意思を有するというケースである。この場合、予定価格付近での受注価格は業者間の話し合いで吊り上げた結果としてのそれではなく、発注者側の意向としての価格である。一般的には癒着の関係があると予想されるが、何らかの特殊な事情で当該業者が落札することが発注者にとって合理的であると考えられる場合もあるかもしれない。通常は随意契約を利用すればよいのであるが、随意契約の利用がますます厳格に扱われる昨今において、競争入札を選択しておいてそれを恣意的に操作することが不正として立件される事件が最近目立つ。安易な競争入札の利用は却って不正を誘発する、ということに発注者はもっと敏感であるべきだ。

本件においては応札者は三者だったという。他の応札者と当該業者との関係が分からないと違反事実の性格もわからないのであるが、他の応札者が本気で落としにいっていない「お付き合い入札」の場合もあり得る。別の報道によれば、他の二者は予定価格をオーバーしていたという。現段階では何ともいえない。本気で落としにいっている(業者間の談合がない)のであれば、当該業者の予定価格付近での落札の説明が苦しくなる。

これだけの情報だけだと、いろいろなシナリオが考えられる。三者とも本気で落札を目指している中、発注者が意中の業者に落札させるためにどうすればよいか。意図的に予定価格を低く設定し、それを漏洩すれば、意中の業者だけが予定価格内の応札をするように操作することが一つのやり方である。他の二者にとっては予想外に低い予定価格ということだ。しかしこのままでは落札業者にとっては割の合わない受注になりかねない。そこで、発注者は契約変更や随意契約による追加工事の発注によって「割の合う」形に仕立て直すことで利益を調整することができる。

何故、他の二者は予定価格オーバーとなったのだろうか。より詳細なファクトが欲しい。

上記報道では予定価格ではなく「予定価格に近い価格を・・・伝え」たと報じられているのも気にかかる。これは「予定価格」ではなく「予算規模」のことなのだろうか。予算規模に係る情報提供は、実務上予定価格よりも緩やかに扱われているようだ。しかし、予定価格を「ある程度」推測できる情報の提供が予定価格に準じて扱われるというのであれば、入札の公正を扱う官製談合防止法等の法律違反を考える上で、大きなインパクトを与えるかもしれない。

一般競争なのだから提供する情報は「すべての者に平等に」なされなければならない。持続化給付金の業務委託をめぐる一連の問題についても当てはまる指摘である。

公共契約において重要なのは手続的公正さ:持続化給付金業務委託問題(2)

経済産業省発注の持続化給付金業務委託に係る入札と契約のあり方が批判されている。日々いろいろな情報が出てくるので、落ち着いたころにまとめて、とも思うこともあるのだが、タイムリーな論評も必要だろうから、このテーマについての「第二弾」を書くこととした。受注者はある社団法人であり、日本を代表する広告代理店に業務の大半が再委託されている。

(1)「競争入札だから問題ない」は通用しない

安倍首相が国会の答弁で「一般競争入札のプロセスを経た(から問題ない)」旨の発言をしたとのことだが、それはミスリーディングである。問題は、この一般競争入札のプロセスが公正だったか否かであり、一般競争入札だから公正なのではない。正しくは「公正なルールに基づく一般競争入札を公正なプロセスで実施した(から問題ない)」だ。また、「事業目的に照らし、ルールに則ったプロセスを経て決定された」ともいったそうだが、正しくは「ルールの趣旨を踏まえ公正に設定された手法に基づき、公正なプロセスを経て決定された」だ。

また、経済産業大臣が、第2次補正予算案に計上したとされる追加の事務委託費850億円について、「入札可能性調査を行い、公募を経て適切に対応していく」と述べたとのことだが、これが確認公募型随意契約を指しているのなら、むしろ新規参入を見込んでいないと考えるのが公共契約分野における共通了解だ。この場合発注機関は特命随意契約をベースに考え、競争入札や企画競争を実施しても一者応札、一者応募になるだろうことを予想しているのが一般だ。それでも少しでも競争性確保の可能性を模索しての手続なのである。多少の手間はかかるが随意契約に対する批判をかわす手法として、最近よく用いられるようになった。継続中の業務委託などは建設中の工事のようなもので、そこに追加工事を発注する場合に新規業者を期待することはまずできないし、いたとしても既存の事業者が圧倒的に有利である。そもそも建設中の工事に追加工事を発注するときは「契約変更」になるはずだ。

随意契約の場合、最も重要なのは「透明性」である。特命随意契約の場合、競争の要素がないので、徹底的な説明責任を尽くすことでしか正当化を図る方法がない。一方、競争入札の場合、競争の結果が望ましい結果だという正当化ができる。但し、そこには決定的に重要な条件がある。それは設定された競争のルールが公正であり、その運用が公正になされているという前提事実である。

この入札は4月8日に公告されたとのことだが、3月末から4月初頭にかけて、後に応札者となる事業者にヒアリングをしていたと報じられている。ヒアリング対象者は3者で応札者はそのうちの2者である(両者ともに応札依頼をしたとのこと)。この数の少なさには、応募締め切りが公告から僅か5日後だったという「超が付くほど」の短期だったことが大きな影響を与えていることはほぼ疑いない。それも手間暇のかかる総合評価方式だという。事前のヒアリングを受けていない事業者が、準備に困難を来すことになっただろうことは想像に難くない。

ある経済産業省の最高幹部の一人から「複数の事業者に同様の情報を提供」したので「問題はない」との発言があったとのことだが、一般競争入札なのだからそこは「潜在的な事業者すべてに対して」でなければならない。競争入札は入札参加資格を有する事業者に「開かれている」ことが重要なのであって、競争という形式があれば足りるという訳ではないし、部分的に競争があるからそれで足りるという訳でもない。公告日に初めて仕様書等を目にした潜在的応札者との比較で、事前のヒアリングの存在がどれだけ受注者を有利にしたか、が問われているのである。

複数の事業者に同様の情報を提供したので問題ないという認識を示したということは、競争の結果に影響を与える何かが示されたということなのだろうか。その情報とは何なのだろうか。そしてその情報を聞くことができなかった潜在的な競争者との間にどのような格差を生み出すことになったのだろうか。知りたいことはたくさんある。

もちろん、やりとりされた情報次第では「問題にならない」シナリオもあり得ることは指摘しておかなければならない。

 

(2)再委託について

再委託が許されるのは受注者が「司令塔」としての役割を有し、再委託先のマネージメントをするという前提であり、本件はどうも、再委託先が司令塔になっているように見える。こういう形態の再委託は「下請け」ならぬ「上請け」といわれ、公共契約において禁止される「丸投げ」の一種として理解されることが多い。

ただ、本件は100%「丸投げ」ではない。受注者である社団法人は業務委託の大半を再委託先である広告代理店に投げている(そこからまた再委託関係が続く)が、振込業務のような一部業務は当該社団法人が行っているという。故に本来は下請的な立場にある事業者なのではないか、という疑念が再委託に係る本件のポイントとなっている。この社団法人が巨大な再委託先の業務を含む全体の工程管理を行っているのか、あるいは再委託先が実質的にこの社団法人のマネージメントをしているのか、十分な説明が求められる。

報道によると、政府はこの再委託について「共同事業体(JV)」のようなものとして説明しているそうだ。ただそうならば、受注業者、再委託先のような関係を作るのは不自然で、共同事業体として受注すればよく、その業務分担をそのまま企画書、提案書に記載すればよいとうことになる(単独でもJVでも応札を認める混合方式をとることが前提になるが)。

仮にその実体が共同事業体であり、上記社団法人が一部業務を担うに過ぎないというのであれば、この社団法人が今年度における800億円近い官公需の受注実績を有することになるのは形式と実態の乖離となってしまうのではないか。やはり「JVみたいなもの」ではなく、「受注者として司令塔の性格を持っている」という説明が必要なのではないか。

企画書、提案書には再委託先との関係がどのように書かれていたのであろうか。まさか再委託先が司令塔であり、そこに「上請け」に出すと書く訳はなく、受注者が全工程、全業務を自ら把握し、適切なマネージメントを行うとされているはずだ。本当にそのような実態があるのなら再委託批判は的外れとなる。

再委託云々の批判については、ルールで禁止されていない以上、それが「合理的かどうか」だけの問題だ。それが複層的な再委託だったとしても同様だ。分離発注が困難な大規模業務委託の場合、受注者単独で、あるいは再委託業者単独で行えというのは無理なケースもある。実質があるのなら問題視されるべきではない。

それだけに競争入札が機能しているかどうかが重要なのである。その結果が公正である以上、利益が抜かれてもそれは市場の論理として受け入れなければならない。それが競争入札というものである。その場合、事業者を責めるべきではない。

最後に一言。この代理店はただの代理店ではない。日本最大の「何でも屋」といっても過言ではない。その情報量とネットワークは他の追随を許さず、人を集め、作業させることについては圧倒的な実績と力量がある(「再委託能力」といってもよいかもしれない)。各省庁が各種イベント、各種業務委託でこの事業者を頼りにするのには、十分な理由がある。発注機関が最初からそこに依存する傾向はなかったか。民間ならば当然の連携であっても、公共の場合、同じ理屈が通用する訳ではない。上記社団法人を挟む、挟まないは別にして、超短期の公告期間で総合評価を選択するのではなく、(ヒアリングを通じた)特命随意契約に踏み切ってすべてをオープンにするという選択肢はなかったのだろうか。

そのような発想はあまりにも「発注機関寄り」と思われるだろうか。「競争性の確保」が大原則である公共契約の、悩ましいところである。

 

持続化給付金業務委託について:法的視点からの論点整理

ついこの間、府中市における入札情報の漏洩事件についてのコラムを書いたばかりだが、世間の話題は持続化給付金に係る業務委託に集まっている。このケースも受発注者間で不適切な情報のやりとりがあったのではないかとの疑惑であるが、契約額も大きく、新型肺炎絡みの事業なので、各紙大きく取り上げている。

筆者のところにもメディア各社からの取材がきて、その都度、関連する法令や制度について紹介、解説しているのだが、それならば文章の形で残し、「まずそれを見てください」といった方が効率的だし、読者一般の便宜にもなると思い、筆をとることにした。

確かに、今与えられている情報は「断片的」である。十分な材料のない中での「考える筋道」の提示なので、推測的なことに止まらざるを得ない部分が多くなることを予め断っておく。

まずよく聞かれるのが、「発注機関の対応は不正といえますか」というものだが、結論からいえば、「ケース・バイ・ケース」としかいいようがない。事前のヒアリングは不公正だ、というが、何をどうヒアリングしたかによる。そもそも事前のヒアリングもしないで仕様書を書く方が無責任だともいえるのであって、問題はその仕方である。

 

このケースは大きな額だが、緊急性が高いということで仕様にかかわる事前の意見招請の手続などはしていないのだろう。ヒアリングを通じて使用を決定し、公告し、説明会、そして応募、入札という手続を矢継ぎ早に進めている。公告から、あるいは説明会から応募まで数日しかないとするならば(それ自体は法令上認められている手続である)、規模が規模だけに業者は書類の作成に困難をきたすかもしれない。本当に業務遂行体制が整えられるのか、積算は正確か、価格はどこまで下げられるのか、赤字になるリスクはないのか等々、業者選定のスキームに合わせる形で、考えなければならないことは多い。

今回の競争入札は総合評価方式だという。提案書の作成を伴う総合評価方式の場合、ますます時間的制約がネックになる。仮に公告段階で初めて公になった仕様書(案)の具体的内容、提案すべき内容、総合評価のルール等について、公告前に知らされていたならば、当該業者はその分、時間的な猶予が与えられることになり有利となる。裏を返せば、そのような有利になる情報が提供されていないならば、入札の公正を害するとまではいえないことになる。だから、「ケース・バイ・ケース」としかいいようがないのである。

事前のヒアリングで何がやりとりされていたのか、がポイントになる。本来であれば、公告前の特定業者との事前のやりとりがあっても、仕様書等公告段階で明らかにされる内容について意見招請の手続を踏まえてオープンに批判させる機会を設けることで、入札の公正を担保する手続もあるのだが、非常に短い期間での手続が要請される中、入札の公正を担保する仕組み作りは、もはや条件の平等化しかない。競争入札という手続を採用した以上、特定の業者が他の業者にオープンにされていない内部情報を発注機関と共有することは「入札の公正」を疑わせるものになる。裏を返せばオープンになっている情報を提供したところで、問題にはならない。ポイントは結局、何がやりとりされたのか、である。

関連する法令は、官製談合防止法(正式名称は「入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律」)と刑法典上の公契約関係競売入札妨害罪だ。両方とも、「入札の公正を害すべき」行為が犯罪となっている。そのうち情報漏洩行為が多くを占め、前回のコラムで触れた予定価格や最低制限価格の漏洩がその典型である。ここでいう「公正を害すべき」とは「公の競売又は入札が公正に行われていること、すなわち入札等の参加者が平等な取扱いの下でその意思に基づいて自由に競争しているということに対し客観的に疑問を懐かせることないしそのような意味における公正さに正当でない影響を与える」ものとして理解されており、少なくとも特定の業者が、入札における平等を害する形で有利になる状況が想定される以上、それが便宜だったとの抗弁は通用しない(発注機関の悩みは十分理解できるが)。なお、各省庁が策定する発注者綱紀保持規程でも、秘密にすべき入札情報の保持、特定の業者を有利にするような接触の禁止について定められている。

繰り返すと、この要件の該当性を論じるためには、そのやりとりの具体的な中身が明らかにされなければならない。

一連の報道を見て驚いたのは、これだけ大きな事業をこれだけ短時間で、それも総合評価方式で実施するという点である。総合評価はどのようなスキームものであり、何をどう評価したのだろうか。業者は応札にあたってどのような作業を求められたのであろうか。それも気になるところである。

ここで比較の対象になるのが、10年ほど前に問題になった年金機構発注の「紙台帳等とコンピュータ記録との突合せ業務の入札」に係る不正事件である。この事件では、紙台帳等とコンピュータ記録との突合せ業務を発注する年金機構のある職員が、これまでに経験したことない業務委託がうまくいくかを懸念して、ある業者に再就職した旧社会保険庁OBに対して当時未開示だった仕様書案等を提供し、アドバイスをもらっていたところ、その業者が入札に参加し落札したのである。本人は、最初は発注機関によかれと思って情報交換をしていたが、結果的に業者側を競争上不当に利する結果となってしまった。その他にも、総合評価方式における競争相手の技術点を漏洩するなど、さらに悪質な逸脱があったことから立件され、官製談合防止法等で有罪となってしまった。

筆者も参加したこの事件に係る検証委員会の報告書(「紙台帳等とコンピュータ記録との突合せ業務の入札に関する第三者検証会議報告書」)を参照いただきたい。

本件において、発注機関はコンプライアンスを意識して情報交換、意見交換に臨んでいたと思いたいところであるが、公告期間の短さを勘案するならば事前のヒアリングによって得た情報次第では、随分と有利に手続を進めることができたのではないか、との疑念が自然に生じるのもまた否めない。その点について発注機関は十分なディフェンスを行うことが求められるだろう。

随意契約の生命線は透明性であり、競争入札の生命線は競争の公正さにある。それが担保されている限り、競争の結果を受け入れなければならないが、そこに疑義が生じてしまえば、やはり透明性の問題に行き着くことになるのである。

問題が沈静化するか、さらに炎上に向かうか、次にくる情報次第だろう。

入札不正の現在位置:護送船団型から抜け駆け型へ

こんなニュースを昨日目にした。最近では見飽きたニュースである(NHKニュース「市の発注工事で官製談合か 市幹部や市議ら6人逮捕 東京 府中」)。

東京 府中市が発注した公園や道路の工事をめぐって、市の幹部が工事の最低制限価格を市議会議員を通じて業者に漏らしたとして、警視庁は府中市の幹部や市議会議員、それに業者ら合わせて6人を官製談合防止法違反や入札妨害の疑いで逮捕しました。

地方公共団体発注の公共工事の入札においては、多くの場合、上限である予定価格の他に下限である最低制限価格が付けられる。これは、予定価格を上回った入札を失格にするのと同様に、この水準未満の価格での入札を失格にする効果があるラインを設定するものである。国の公共契約を規律する会計法、予算決算及び会計令にはそのような規定はなく、地方自治法及びその施行令において認められている地方公共団体の公共契約に独特の制度である(あまりにも安い札入れに対して、契約履行が確実にできるのかについて調査を行うという制度は国、地方公共団体共に存在する)。

最低制限価格の存在はすなわち落札率の高止まりを意味するので、少しでも支出を抑えたい首長の多くは最低制限価格の存在をよく思っていないが、工事や契約の実務に携わっている現場の職員の多くは、品質維持のために必要だと思っている。

この最低制限価格の漏洩事件が近年あまりにも目立つ。最近の入札不正事件の半分以上、いや3分の2以上を占めるのではないだろうか。

最低制限価格の漏洩はある特定の業者に対してのみなされるのが一般である。それは何故か。それは最低制限価格をピンポイントで知った業者は、この価格で入札すれば相当高い確率で受注者になれるからだ。数千万円、数億円に上る公共工事の下限価格をぴったり当てるのは困難である。1円でも下回れば失格になる。積算能力の高い業者であればそれなりに近い額は導き出せるが、ピンポイントとなるとそうはいかない。予定価格から一定の計算式を通じて最低制限価格を出すのが一般的なので、予定価格が分かればよいが、それが非公表だとやはり難しい。

この最低制限価格の漏洩は、本来であれば競争によって決まるはずの価格が、特定の業者にのみ特定の情報が不正に与えられたことで歪められてしまうので、それは「入札の公正を害する」と評価され、刑法典上の公契約関係競売入札妨害罪や官製談合防止法違反罪に問われることとなるのである。

かつては公共契約に係る不正といえば、競争入札における入札談合と随意契約における癒着が定番だった。入札談合は、指名競争という、閉じられた(いつも同じようなメンバーという意味で)空間で業者間の協調関係によって生み出されるもので、かつては「談合天国」などと揶揄されるくらいに日本社会に蔓延していたものである(根絶された訳ではなく、今でもしばしば見かける)。会計法や地方自治法上、指名競争は例外的な位置付けなのにも拘らず、かつてはほぼ原則化されていた。随意契約も今では考えられないくらいに大甘に利用されてきた。

時代は変遷し、一般競争入札の徹底が図られ(とはいっても骨抜きにしている発注機関は少なからず存在するが)、随意契約は批判の目に晒され利用機会が極端に制限されるようになった。透明性を徹底できない随意契約には「不正の疑義」が生じる、といっても過言ではない状況となった。企画競争等、競争的な随意契約(この表現方法が適切かは疑問であるが)も多く登場するようになった。

公共契約をめぐる不正の性格も変遷した。護送船団的な入札談合ではなく、特定の業者が発注機関職員と通じて、あるいは議員を介在して、他の業者が知り得ない情報を入手し不正に受注を獲得するというタイプの不正が目立つようになったのである。冒頭に紹介した事件がまさにその典型だ。その他にも、総合評価方式型の競争入札において発注機関職員から提案書記載の指南を受けて競争を有利に進めたとして独占禁止法違反(不公正な取引方法)に問われた事件もある。

競争入札の公告前に公告される内容を不正に入手することも同じ問題である。その業者のみ、実質的に公告期間が延長されているようなものであり、競争入札において不当に有利な立場にするからである。その他、競争入札の参加資格や総合評価方式における点数の付け方についての恣意的な操作がよく問題になる。

この特定の業者のみが不当に有利になる(「抜け駆け」的といってもよいかもしれない)タイプの入札不正の重要な特徴は、発注機関職員の協力が必要であるということだ。つまり、本来的に官製談合的な要素を有するということだ(ここで「官製談合」というのは「官民間の癒着」というやや広い意味を持つことに注意されたい)。だから、刑法典上の公契約関係競売入札妨害罪と官製談合防止法違反罪がセットで出てくるのである。そして「口利き」をした議員が出てくると贈収賄事件へと発展する。冒頭のケースは、そのまま公契約関係競売入札妨害罪が問われているが、当局は「その次」を睨んでいるのかもしれない。

最低制限価格の漏洩という違反の存在は、競争入札の結果、各業者の応札が下限価格に張り付いていることを物語っている。かつての入札談合の時代においては、予定価格はほぼ受注価格だったが、今では競争的になっていることを(それだけみるならば)意味している。「みんなで安定受注を目指す」時代から、「自分だけが生き残ろうとする」時代になったということだろう。

入札不正には色々なバリエーションがある。最低制限価格の漏洩は価格が下限に張り付いているので不正は不正だとしてもまだ「競争的」な方だが、競争入札参加資格や評価点数の恣意的操作などは、競争それ自体を排除するものでありより深刻である。公告期間を極端に短くしておきながら、特定の業者には相当前から公告内容を漏洩しているようなケース、それも提案書の提出を要求するような総合評価方式や企画競争のケースは、競争の体裁を繕いつつ意中の業者との契約を不当に目指す、悪質性の高い不正類型だ。もちろん、ルールに則って必要性に基づいて対応したものならば難じることはできないが、その辺りの「見極め」が、公共契約の不正をウオッチする側に求められるスキルである。

公共契約を眺めるポイントは「表面」に惑わされてはならないということだ。競争入札だから安心とか、落札率が低いから安心とか、応札者(応募者)が複数いるから安心、という訳にはいかないのである。競争入札も骨抜きにできるし、予定価格を高く設定すれば安くなった体裁を作れるし、発注機関が特定の業者に肩入れしているケースでは競い合いの体裁は意味をなさない。

随意契約、それも特命随意契約の場合は、業者選択と契約価格の適正さが問われるのが不可避である。特命随意契約の場合、競争の体裁が作れないので、正当化の逃げ場が少なく、透明性の徹底が要求されるので、発注機関による合理的な説明が生命線となる。

「当初の見込みより安くなった」という政府の説明には警戒した方がよい。公共工事のような材料費や労務費、工数の積み上げによってターゲットとなる価格が決まる分野はまだしも、これまでに経験のないような発注だったり、業者からの見積もりやヒアリングに依存するタイプの発注だったりする場合には、そもそも当初の見込み自体があやふやだし、不確かなものが多いだろう。緊急性を理由にした随意契約の場合には、特にそうである。とってきた予算が適正である保証はどこにもない。予算額と予定価格が大きく乖離している場合は、獲得した予算の妥当性の再検討が必要になる。

「安くなったから契約しました」は、特命随意契約を正当化しようとする発注機関が利用するかつての「常套句」だった。実際は、元々の提示価格が高い場合だったりするのである。そこから3割引、5割引します、という理由で価格の合理性を説明していた発注機関の話をよく聞く。スペックダウンして安くする体裁を作るやり方もあるだろう。そのようなやり方は「過去のもの」だと思っていたが、実はそうでもないのかもしれない。

もう一度繰り返すが、公共契約を眺めるポイントは「表面」に惑わされてはならないということである。

 

(紹介)  *併せて読んでいただけると幸いです。

楠茂樹『公共調達と競争政策の法的構造〔第2版〕』上智大学出版(2017)