消毒液も高値転売禁止へ

マスクに続き、消毒液なども国民生活安定緊急措置法に基づく高値転売禁止の対象になるそうだ。18日の時事通信は以下の通り報じている(「消毒液も転売禁止へ 新型コロナで品薄―政府」)。

政府は18日、新型コロナウイルスの影響で品薄が続く消毒液について、インターネットなどを通じた転売を禁止する方針を固めた。転売目的の買い占めを防ぎ、医療施設などに優先的に供給できる態勢を整えるのが狙い。22日にも関連する政令を閣議決定する。

同記事によれば「アルコールを含んだ医薬品や、消毒液の代用となるアルコール濃度が高い酒も対象とする」とのことである。マスクが国民生活安定緊急措置法で高値転売禁止されたのは約2ヶ月前だった(筆者のコラム「マスクの利益上乗せ転売禁止:古典的措置法をネット時代に適用」参照)。そのころにはアルコール消毒液、除菌ジェルや除菌シートの類も品薄で、高値販売されていたので、マスクと同時に対象にしてもよかった気もする。今では除菌ジェルなどはスーパーやコンビニの店頭でそれ相応の価格で販売されるようになってきた。ただ、消毒液が医療機関等必要なところに必要な分量が行き渡らないという状況が今でもあるのであれば、遅きに失した訳でもない。この政府の判断は、確かに一歩前進である。

注意しなければならないのは、国民生活安定緊急措置法で高値転売が禁止されたといっても、当該商品の価格が前の水準に戻るかというとそういう保証はない、ということだ。この法律の対象となるのは、小売店(一般消費者に対して直接販売する製造事業者、卸売事業者や個人も含む)から買ってきたものを高値転売することであって、生産者から購入した小売店舗が仕入れ値よりも高く売ることが禁止されている訳ではない。それを禁止してしまったらビジネスが成り立たなくなってしまう。そこまで「価格統制を徹底する措置」ではないのだ。だから生産の段階で、卸売の段階で高騰してしまった場合には当然、消費者価格が下がる訳ではないし、アンテナを張っていち早く生産者から一定の在庫を確保した小売店が大きな利益を出したとしても、規制の射程には入らないということになる。マスクの高値転売を禁止してもしばらくは価格が高止まりしていたのは、取締まりが甘かったというよりは、射程外の問題の影響が大きかった、ということなのだろう。だからといって今回の一連の措置の存在意義を否定するつもりはない。

物価統制のような直接的な市場介入は批判が強い。政府としてはコンセンサスが得られる範囲で、法適用の射程を考えたのだろう。私の専門である「経済法」の中心は競争制限的行為を類型化して禁止する独占禁止法であるが、石油ショックの際に制定された国民生活安定緊急措置法は、その介入の仕方として「標準価格」「特定標準価格」を設定してこれを小売業者に遵守させることができ、後者では違反者に課徴金を課すことができる規定が存在するなど、市場介入色が強く「経済統制法」ともいえる立法として知られていた(独占禁止法の課徴金制度はこの立法を参考にしたともいわれている)。今回の高値転売禁止は経済法と経済統制法のちょうど中間的な性格を持つものだ(問題となる商品の、適切な価格を設定するのはそもそも難しいだろう)。今回の一連の対応は、市場への直接的介入は可能な限り避け、譲渡に際して特に問題となる行為を絞り込んで、これを明確化し禁止する、そういうものだった。

国民生活安定緊急措置法はなかなか考えられた法律である。

マラソン、次世代のスターは?

「なぜケニア人は世界記録を連発するのか? マラソン最強国を知る専門家が語る速さの秘密」というインタビュー記事(REAL SPORTS編集部)を興味深く読んだ。最後の「厚底シューズ」に関する評価については若干の違和感があったが、標高の高さ、身体的特徴など、概ね説得的で示唆的な内容だった。

確かに、中長距離におけるケニア勢の強さは別格だ。しかし、トラック競技の10000m走では世界記録は相変わらずエチオピアのケネニサ・ベケレであり、もう15年も破られていない。その前の記録は同じエチオピアのハイレ・ゲブレセラシェだった。この二人の記録を20年以上、ケニア勢は破れていない。

ベケレの走りは圧倒的だった。最後の一周は、信じ難い走り方をする。まるで800mのような走り方だ。ちなみにマラソンの現世界記録保持者で、参考記録ながら2時間切りを達成したエリウド・キプチョゲの10000mの記録はベケレよりも30秒以上遅い(それでもその記録、26分40秒台は日本人選手と比較したら圧倒的である)。その後、キプチョゲはマラソンに転向して、トップに立った。遅れてマラソンに参入したベケレは惜しいところに止まっている。

ケニアは圧倒的だが、エチオピアとの比較をしたらどうだろうか。何か面白い分析はできないか。そんな興味を抱く。今一番の期待の星は、ケニアのジョフリー・カムウォロルだ。ハーフマラソンを、ほぼ58分ジャストで走っている。

ゲブレセラシェもそうだったが、アフリカのトップアスリートの多くはトラックからの転向組だ。日本でも学生時代は5000mや10000mのトラック選手であり、その後トラック選手と駅伝選手を兼ねて、マラソンに参入する。マラソンへの新規参入の仕方は似ているようだが、何かが違うのだろうか。実業団チームという独特のキャリア・パスは、そういう発想のない(日本にいる選手は別にして)アフリカ選手との比較でどうなのか。そしてプロランナー・大迫傑の強さは、どこからくるのか。

そういえば、80年代は日本男子マラソン界の黄金期だった。往年の瀬古利彦のトラック勝負は、「ベケレの最後の1周」を彷彿させるものだったし、宗兄弟も中山竹通も強かった。瀬古はロンドンもシカゴもボストンも制している(最近では、悪天候の中の川内優輝のボストン優勝は衝撃的だった)。2000年前後は女子マラソンの日本勢が活躍した。2003年のポーラ・ラドグリフの当時の世界記録は異常だったが、日本人選手(野口みずき、渋井陽子、高橋尚子)も20分を切り、世界に食い込んでいた。

ここ2、30年間の世界(特にケニア、エチオピア勢)と日本との開きはどこから生じ、そして「マラソン大国、日本」の復活のためには何が必要なのだろうか。

アフリカ・マラソン界のトップアスリートに共通すること、それはクロス・カントリーにおいても世界を代表する選手だということである。ベケレは世界大会優勝の常連だったし、カムウォロルは2015、2017年と2連覇している。クロス・カントリーがマラソンの次世代のスター選手を生み出すとするならば、注目は2019年優勝のジョシュア・チェプテゲイだ。ウガンダの23歳の選手である。そして10代のジュニア界にも続々とダイヤの原石が控えている。

次世代のスター選手に早くから注目するのも、スポーツの楽しみ方の一つである。