競輪事業の民間委託公募をめぐる不正疑惑:徳島・小松島市

16日付の毎日新聞記事より(「徳島・小松島市長 幹部に点数「足せれんの」 業者の評価水増し要求」)。

徳島県小松島市の浜田保徳市長が2019年11月、競輪事業の民間委託を巡り、選定会議による応募業者の判定点数が合格点を下回っていたのに、市幹部らに「(点数を)足せれんの(足せないのか)」などと点数改ざんの指示ともとれる発言を繰り返していたことが15日、関係者への取材で分かった。浜田市長も発言を認めた。

この民間委託公募の具体的なスキームを筆者は詳細に知らないが、報道によれば、市長が一者応募となった業者が「競輪事業の開催業務」「老朽化した施設(競輪場)整備業務」の各々について求められる合格最低点のうち、後者について点数が足りなかったので失格との評価が外部委員を含む選定会議でなされ、それに対して市長がこの点数の不足について懸念を示した、とのことである。これが「改ざん要求」の疑惑と表現された。

この問題は市の最高幹部同士のパワハラ問題が絡んでいるが、それを切り離して純粋な入札不正の問題と考えよう。法的には、刑法典における公契約関係競売入札妨害罪、あるいは官製談合防止法違反罪の問題である(公募型の公共契約がこれら法律にいう「公の入札」の射程に入るかどうかは論点であるが、ここでは該当するという前提で話を進めることにする)。

市長の懸念を踏まえて(市長に忖度して)選定会議の委員が再考し、合格点に達するように点数を付け直したらどうなるだろうか。それが集計ミスの修正のような実態に即した変更であれば、不正(妨害)ではない。むしろそれが判っていたのに放置する方が問題である。一方実態としては合格点数に達していないのに、「下駄を履かせる」ようなことをした場合は、それは不正(妨害)としかいいようがない。公共契約に係る入札・公募においては、基準を満たさない業者と契約を結ぶ行為に他ならない。それは公金支出のためのハードルを厳格に定める入札・公募のルールの趣旨に反するものであり、入札の公正は害される。

こんなことを許してしまえば、意中の業者を不当に優遇することが何でも可能になってしまう。毎日新聞の上記記事によれば、市長は合格者が出なければ競輪事業からの撤退を議会から要求されることを危惧したとのことであるが、評価の公正性を担保するために外部委員を含めた選定会議を設けたことも含め、公募の手続、ルールを決定した最終責任者が市長にあることを考えれば、到底そのような発言は許されないはずである。合格点に達しない業者に委託をすることになれば、それこそ市民への裏切りではないか。

仮にこの入札・公募において業者選定が最優先課題であり、そのために質の面で多少の妥協をするというのであればそのようなルールを作るべきであり、あるいは第一選定候補として当該業者を選出しておいて、その後の交渉によって上記の点数不足を補う何らかのコミットメントをさせるように手続を定めるべきだった。そうしないのに、後から「困る」からといって自ら定めたルールに反する行為を促す、というのであればそれは不正と捉えられても仕方があるまい。「困る」云々の話は情状の一要素に過ぎない。

その他の情報を筆者は知らないので、市長が「改ざんを指示したという認識はない。市民のため、どうしても民間委託をしたいという思いが高じての発言だった」(上記毎日新聞の記事より)との発言がどの程度信用できるかは断定できないが、入札の公正という観点からは大いに問題のある発言であることは少なくともいえる。「改ざんは指示していないが、修正は指示した」というのだろうか。手続的公正を満たさない評価の修正は、入札・公募に対する立派な妨害である。市長の発言(そしてその発言を受けた関係者の行動)が手続上、正当化できるものかどうか、それが論点だ。

このような事案に出会うと、筆者は次のように思わざるを得ない。公共契約をめぐるこの種の不正は相当程度、特に地方において存在するのではないか、と。入札・公募の手続やルールについて外部には不明な部分が多いケース、内部的にも曖昧にされているケース、外部委員が選定会議にいないケース、首長自らが選定委員になっているケースの場合は特に怪しい。

投稿者:

shigekikusunoki

研究上の関心事(独禁法、公共調達、社会思想等)社会活動(主として国や地方自治体の公共契約の監視や制度改革)、その他日頃に気なること(政治、経済、歴史、文化・風俗、教育等なんでも)や趣味(?)について色々と発信していきます。よろしくお願いします。