一括発注の罠:医薬品談合事件

先月28日の産経新聞のニュース(「医薬卸、一括受注悪用か 談合疑い4社、シェア9割 公取委「生活影響も」)より。公正取引委員会は現在、独占禁止法違反の疑いで、医薬品卸4社を強制調査した。検察への刑事告発を視野に入れた調査とのことである。

全国57病院を運営する独立行政法人地域医療機能推進機構(東京)が発注する医薬品の入札をめぐる医薬品卸売大手4社による談合疑惑で、過去3回の入札で落札したのは、全てこの4社だったことが28日、分かった。再編が進んだ医薬品卸売業界で巨大化した“4強”が医療費抑制のための一括発注を逆に悪用し、数年前から利益確保を図っていた疑いが浮上している。

記事によれば、「同機構では、地方病院の経営効率化が課題とされ、複数病院で医薬品を発注する場合は「共同入札」として、同機構が2年に1回、一括発注する方式が採られた」が、その理由は「一括でやった方がコストカットできる」からだという。しかし、「全国規模の納入に対応できるのは実質的に4社に限られ」る。記事では「巨額に上る医薬品を一括受注できる上、同機構は公的機関のため民間と比べて卸値を買いたたかれる懸念もない」と指摘するが、これは競争入札になれば、予定価格は高めに設定されるということを意味するものといえる。こうした事情が受注調整を容易にしたとみられている。

筆者はいくつかの発注機関で入札監視委員会や契約監視委員会の委員(長)を務めており(務めてきた)、そこでこの一括発注、共同購入の入札状況を数多く見聞きしてきたし、そのメリット、デメリットについて何度も討議をしてきた。

従前バラバラに発注してきたものを一括で、あるいは共同で発注する。そうすれば単価あたりの費用が下がるはずだ。その直感は正しい。しかし、業者が取り扱える量に限界がある。それが数社に限定されるならば談合し易い環境となり、その誘引が強くなる。競争的であれば確かに「より安く」調達できるのかもしれないが、談合されれば「より高く」なってしまう。談合されてもより安くなるような「一括発注、共同購入の効率性」が存在しなければ事態はただの悪化となる。このケースは全国規模の納入に対応できる業者が絞り込まれてしまい、談合を誘発したという「裏目に出た」ものである。

共同発注、共同購入のタイプとして、複数の種類の物品を一括発注するというものもある。例えば、文房具などを種別ごとにバラバラに発注するのではなく、いくつかの種類のものを併せて購入しようとすれば、確かに運送費等の観点から直感的には安くなるような気がするが、必ずしもそうはいかないことがある。その結果、一者応札になることがあるからだ。とりわけ地方自治体の発注のように地元調達に拘れば競争業者の数が相当に絞られることになるので、その傾向はますます強まる。

「一括発注、共同購入」は独立行政法人の調達改善計画の定番だ。しかし、それによって競争状況がどうなるかといった考察も同時に必要になるものである。確かに入札談合は法令違反そのものであり、それを摘発するのは各発注機関の役割ではない。しかし、自らの調達改善への取り組みが違反を誘発するのであるならば、その責任の一端はやはり各発注機関にあるといわざるを得ない。

一方で、発注機関が「応札業者数」「応札可能業者数」といった表面的な競争性に拘り、却って効率的、合理的な調達を自ら妨げる結果となる場合もあり得る。競争入札において仕様や入札参加資格の設定を「最低限」にするべきだという主張は、ほぼ暴論である。正しくは「合理的な仕様や入札参加資格を設定すべき」か、あるいは「競争性低下のデメリットとの比較でその妥当性を考えるべき」、というべきである。

「競争性」は軽視してもいけないし、拘泥してもいけない。公共契約をめぐる競争論は、一般に思われているほど単純ではない。