Ⅰ はじめに
官公需に係る不正によって発生する損賠賠償請求権については、かつては独禁法違反(不当な取引制限)である入札談合に対するそれ(独禁法25条、民法709条[1])で問われる「損害額の算定」が論点となることが多かった[2]が、建設工事請負契約約款等で違約金条項を設けるようになったことで、その射程となるケースでは損害額の具体的な算定の問題はその限りで解消された[3]。しかし、いくつかの検討課題は残存している。
不正行為が発注者側の関与を伴ったとき(さまざまなタイプの官側の関与があり得るがここでは「官製談合」と表現する)に過失相殺の問題が生じるが、具体的事案において過失相殺が認められるか否か、認められるとしてどの程度認められるか、については事件が発生する度に当事者(すなわち受発注者間で)争われるのが常である。官製談合事案であっても発注者側は規定通りの違約金を請求するだろうし、受注者側は減額を求めるだろうからである。官製談合の際の過失相殺に係るルールの事前の設定がなされない以上、これは避けられない問題である[4]。
Ⅱ 入札談合と違約金特約
入札談合、入札妨害その他入札に関する不正を行った業者に対して、発注者にはこれら行為によって生じた損害を回復するために賠償請求する権利が発生する。ただ、入札不正の場合の損害額の具体的な算出は、理屈の単純さに反して難しく[5]、そのための負担も少なくないことから、受発注者の間で取り交わされる契約上、予め違約金条項を設け、実際上の損害額とは別に、契約金額に一定率を乗じるという形で算出される具体的な請求額を予定する実務が、今では一般的になっている。
入札談合等に係る違約金特約の法的性質については、かつては民法420条にいう「債務不履行時の賠償額の予定」として理解する立場が半ば通常視されており、今でも地方自治体のウェブサイトや住民監査請求に係る文書等においても当然のようにこの条文が参照されているようだが、直感的に考えて入札談合は契約締結過程における不法行為なのだから、民法の債務不履行に係る規定として置かれているこの条文に当てはめることには自然と違和感を覚える[6]。不法行為が存在しないことを前提とした契約締結であることを誓約し、その誓約違反を債務不履行として再構成するというロジックはあり得なくはないが、本体となる契約の不履行ではなく、契約締結過程における不法行為が認められた場合に発生する賠償責任の額の予定という、新たな債務を負担するという構成をし、民法420条の射程外に置いた方が法的構成としてはストレートであろう[7]。ただ、どちらにしても当事者間の実際上の利害に大した差は生まれない。
民法420条3項は「違約金は、賠償額の予定と推定する。」と定めている。違約金の定めがあった場合には、契約違反によって発生する損害の発生とその額の立証が不要となる[8]。このことは公共工事請負契約約款に定められる違約金特約について、420条の射程内外を問わず、一定の金額の徴収が明示されている以上帰結には変わりはなかろう[9]。
実務においては、発注者に生じた実際の損害額が予め定められた計算方法によって算定される違約金額を超過する場合には、その超過額について不正行為に対する賠償金の請求を妨げるものではない旨規定することも多い[10]。そのような取り決めがない場合であっても、発注者は定められた違約金を超える損害についても賠償請求できるとする独禁法25条訴訟における高裁判決がある[11]。
Ⅲ 発注者側の関与と過失相殺
違約金特約は特に断りがなければ賠償額を予め定めるものであって、実際の損害の有無、多少を問わず、予定された賠償額を得させる効果をもたらす。違約金特約には原告側職員が関与した場合を除く旨の文言はなく、違約金特約の趣旨は不正の防止と損害額立証の負担軽減にあるのであるから、原告職員が不正を主導した場合も違約金特約の適用場面には含まれる。
官製不正のケースでは、違約金の全額負担に納得のいかない受注者側からは、(1)契約解釈としての、賠償責任の発生についての発注者側関与の場合の除外、(2)民法93条ただし書(心裡留保)、(3)クリーンハンドあるいは信義則、(4)民法130条(条件の成就の妨害)の類推適用、そして(5)過失相殺が主張されることが多いようだ[12]。
このうち(1)~(4)の構成は官製入札不正のケースでしばしば登場するが、その中で過失相殺の構成はこれまでにも何度も採用され、違約金の減額が認められている。官製談合(発注者側による入札不正の関与)事案における、違約金請求をめぐる受発注者間の攻防の主戦場となっているのが、この争点である。そこで、以下、この争点に絞り考察を進めていく[13]。
損害賠償の予約としての違約金は、その条項に対する契約上の合意がある以上、実際の実損額が違約金額よりも低いことを違反者が証明しても減額は認められない[14]。しかし、相手方にも違反の原因がある場合には過失相殺が認められている。違約金請求に際し、請求者側に過失があれば特段事情ない限り斟酌され[15]、その履行補助者及び取引観念上同視できる者も含まれる[16]。
官製談合を典型とする発注者側の入札不正への関与は、一見すると過失相殺を認める要素となりそうであるが、少なくないケースで受注者側の主張は認められてこなかった。その理由はいかなるところにあるのか、過失相殺が認められるケースとは何が異なったのだろうか。
あるケースでは、公共工事の発注に関する事務を総括する幹部職員が、分割発注や地域要件の設定を行いつつ、意中の業者に競争入札における協力業者を集めるように要請し、集められた業者と共に指名するなど、競争制限について重要な役割を果たした。これが、全く個人的な所業ではなく公共契約に関する職務を行ったものとされ、権限が濫用されたと認定された。だからこそ、損害の公平の分担を図る過失相殺の趣旨に照らし斟酌すべき要素とされた(違約金で定められた額から5割の減額)[17]。
違約金請求に際し、発注者側の入札不正への関与が過失相殺において斟酌された他のケース[18]では、(1)談合が官民間の「持ちつ持たれつの関係」に基づく長年継続されてきた構造的なものであること、(2)事実上の決裁権限を有していた発注者幹部による積極的な調整、(3)職員の再就職先を確保するという無形の利益を得る目的での談合を容認、助長、といった点が挙げられている。「本件談合の責任を一方的に被告にのみ負わせるのは衡平上相当でな」く、受発注者間で「損害の公平な分担を図るべき事情がある」として2割分の過失相殺が認められた。
一方、斟酌されなかったケース[19]では、入札不正(談合)への発注者側の積極的な関与が認められるが、受注者は自らの判断で、自らの利益を目的の一つとして談合に関与したものであり、受注者と発注者側職員が、社会的に非難が強いことを認識しながら発注者に対して共同不法行為を行ったものである、として発注者自体に過失相殺をすべき事情を認めなかった。
これらの判決で結論が割れるのは、どうしてか。2割の減額を認めた上記ケースでは、当該職員の個人的利益を強調しながらこの者の談合への関与の強さを認定した。続いて言及した過失相殺が認められなかったケースは、発注者は専ら被害者であることを強調した。
また、過失相殺を認める二つの判決は、いずれも「損害の公平の分担」を強調する。では過失相殺が認められなかったケースはここでいう「損害の公平の分担」の要請に反することになるのか。そもそも一体何を以て「公平さ」が論じられるべきなのだろうか。判決の傾向からははっきりしない。発注者側の関与の「濃度」を裁判官がどう受け止めるかの「心証(というよりも印象)」次第ということか。
もう少し、具体的に見ていこう。
発注者側職員が落札予定業者に対し設計金額を教示するという便宜供与を行ったことについて業者側が過失相殺を主張したケース[20]では、当該行為により、「落札予定業者は、落札可能価格の上限である予定価格にほぼ近い価格で落札し、当該公共工事から高い利益を得ることが可能になるのであるから、談合を援助、助長するものであるということができ」、この「便宜供与は、原告の組織内部において黙認され、改められることなく続いてきたのであ」り、当該発注者は「これらの行為に対する適切な監督・指導を長年にわたって怠ってきたものと認めることができる」とし、この指導監督の懈怠が過失相殺の対象となると認定し、認定された損害額から3割の減額を認めた。
住民代位訴訟である東松山市のケース[21]では、東松山市職員が予定価格を漏洩するなどして本件入札妨害行為を行ったことだけで過失相殺は認められないが、業者側の見積額が予定価格となっているという同市の慣行は入札制度自体に欠陥といえ、談合の成立を援助、助長し、予定価格をほぼ同一の落札金額とすることを可能とするものだったとし、このことが過失相殺において斟酌されるべきものと判断した(2割の減額)。
一方過失相殺を認めなかったケースには次のようなものがある。
住民代位訴訟である熊取町のケース(大阪地判平成24年6月8日(平成21年(行ウ)第99号))では、仮に落札率の高さやボーリング作業等から、発注者職員が談合の存在に気づいたり、設計金額に関連する情報漏えいの見返りを受け取っていたりする事情があったとしても、受注者側は「自らの判断であえて談合行為という故意の不法行為に及んだものであり、これを正当化すべき事情とはなり得な」ず、また、「熊取町に生じた損害額を過失相殺によって減ずることは、最終的には地方公共団体の住民の犠牲に帰するものであること」に鑑み、「損害の公平な分担の見地から」、発注者側の過失にとして過失相殺を行うことは妥当でないとした。
同じく住民代位訴訟のあるケース[22]では、北海道職員の予定価格や本命業者の示唆が認められ、北海道には職員に対する監督義務違反があったことは否定できないが、「北海道の職員による上記示唆行為は被告両会社を含めた業者の談合行為のいわば幇助行為であり、被告両会社は、北海道の職員らの幇助を得て、共同不法行為者として北海道に損害を与えたものであって、被告両会社が、北海道の監督義務違反を理由として過失相殺を主張することは、職員が威迫等の手段を用いて強いて談合をさせたような特段の事情がない限り認められない」として、過失相殺を認めなかった。
宇治市の住民代位訴訟のケース[23]では、発注者職員の長年に渡る設計金額等の漏洩があったとしても、その使用者である宇治市が「その監督責任を怠ったことに原因していることをうかがわせるような証拠は見当たらない」うえ、談合行為は受注者らの「故意によるものである」こと、「過失相殺を肯定した場合には上記不当につり上げられた部分の利得が落札者‥・側に保持されることになる」こと等に照らし、過失相殺は相当でない、とした。
大阪府の住民代位訴訟のケース[24]では、発注者側、受注者側の事情に分けて評価し、結果的に過失相殺を認めなかった。発注者側の事情については、発注者側職員が予定価格や最低制限価格を漏洩した事実はめられるものの、発注者においてはこれらの情報は「厳格に秘密とされていた」こと、発注者職員もこれら情報を「問い合わせがあれば常に‥・他の者に教えていたというわけではな」く、「…府議会議員からの問い合わせがあった場合に、当該議員の属性や問い合わせの態様等によってはそれらの概数を示唆ないし教示したことがあったにすぎない」こと、発注者職員がこれら情報を「…府議会議員や指名業者等からの問い合わせを利用して…漏えいし、暗に業者をリードして入札を調整するなどしていたとの事実を認めるに足りる証拠はない」といったことから、「およそ組織的・制度的に漏えいされていたとまでは認め難い」と判断した。一方、受注者側の事情については、本件「共同不法行為は、故意をもって本件各工事の指名競争入札手続の公正さを害し、これによって参加人に多額の損害を与えていたというものであって、その行為態様は悪質である」こと、府議会議員の影響力の下で発注者職員に情報漏えいをさせているのであるから、発注者職員による情報漏えいが「たとえ…損害の発生及び拡大に寄与しているとしても、そのような上記各職員の行為が、そもそも被告らの不当な働きかけによってされたものであることは明らか」である、とした。こういった事情を前提に、また情報漏えいした発注者職員は業者らと共に共同不法行為者の立場にあるので当該職員の過失をもって被害者側の過失と認めることもできないとして、判決では賠償金額を減額の必要性を否定した。
名古屋市の住民代位訴訟のケース[25]では、発注者側職員が関与したケースであったとしても、業者間で故意に発注者の利益に反する行為に及んだのであり、「損害の公平な分担という観点から見るとき…共謀行為者の故意による違法行為をとらえて、被害者である名古屋市の責めを問うことは相当ではない」と判示した。その際、問題の発注者側職員は「刑事問題を起こした等も窺われず、談合も明確となっていなかった」ことや、「過失相殺を肯定した場合には利得が加害者側に保持される可能性のあること等を考慮すると」、業者側の「故意行為との比較において、上記の点をとらえて過失相殺の対象とすることは相当ではない」とした。
奈良県の住民代位訴訟のケース[26]では、発注者側職員の違法な行為は、受注者の発注者に対する不法行為責任を軽減させる要素と評価すべきではなく、むしろ談合を完結させ、受注者側に違法、不当な利益を発生させるという共同不法行為者として発注者に損害を与える立場にあることを理由に過失相殺を認めなかった。
阪南市の住民代位訴訟のケース[27]では、発注者職員による設計金額の漏洩が問題になったが、「そもそも、地方公共団体の個々の職員は、当該地方公共団体自身と身分上ないしは生活関係上の一体関係にあるとは認められ」ず、「個々の職員が職務権限を濫用して行った行為」を発注者「自身の行為と同視し、過失相殺を根拠付ける事実とみるのは相当でない」とした。また、「漏洩の事実以上」に、発注者職員が「談合を容認し、あるいは推進してきたとの事実」や、発注者側の「本件入札の実施に当たり、談合を回避・防止するための…態勢に不備があったとの事実は、証拠上認めるに足りない」ことを理由も過失相殺を否定する根拠として挙げている。
過失相殺を認める判決は、発注者職員の不正に対する組織内部における黙認、それ故の指導監督の懈怠、反競争的状況が慣行として定着したという入札制度自体の欠陥を理由として、発注者側職員の不正関与を発注者自身の過失として斟酌することを認めている。
一方、認めない判決には、認める判決の挙げた要素の不存在を指摘するものが多い。すなわち、発注者の監督責任を怠ったことに原因していることをうかがわせるような証拠がないこと、発注者職員が入札情報の漏えいを通じ業者をリードして入札を調整するなど事実を認めるに足りる証拠がないこと、発注者職員が談合を容認したり推進したりしてきた事情のないこと、談合を回避・防止するための発注者側の態勢に不備があったとの事実がないこと、といった理由の提示がそれに当たる。
その他に、過失相殺を認めない判決は、その理由付けとして以下のような点を指摘している。これらは重要な論点を提起するものばかりである。
(1)発注者側職員は受注者側職員と共同不法行為者として発注者に損害を与えていること
(2)発注者の個々の職員は、発注者自身と身分上、生活関係上の一体性がないこと
(3)受注者側は自らの判断であえて故意の不法行為に及んだ、言い換えれば発注者職員が威迫等の手段を用いて強いて業者に入札不正をさせていない点
(4)過失相殺を認めれば、不正な利得が落札者側に保持されること
(5)過失相殺を認めれば結局は住民を犠牲にすることになり、損害の公平な分担の要請に反すること
(1)は簡単にいえば、発注者は専ら被害者であるので過失相殺にいう過失の主体にはならない、という理屈である。発注者の利益のために行動することが一体性を生み出し、その一体性ゆえに発注者側職員の事情を発注者自身の事情として斟酌し得るとするのである。この理屈は、発注者側に発注者職員の入札不正を見逃した、あるいは放置した過失があった場合でも、その過失を斟酌しないという不都合を生じさせることになるが、発注者自身に隙があったことに乗じて加害者が不正に及んだ場合、その「隙」を過失として斟酌せよということになってしまうという反論が可能ではある。発注者自身が入札不正を行ったと同視できるような組織的、積極的な関与が過失相殺を認めるためには必要、という見解に連なるものであろう。
(2)はやや突飛な発想のようにも聞こえ、債権者の履行補助者及び取引観念上債権者と同視できる者も含まれるとする上記最高裁判決にも沿わないように思えるが、発注者側職員と発注者自身を切り離す理屈としては、(1)と目指すものは同じである。発注者の利益に反して行動する発注者職員の行動を発注者自身の行動と同視し得ない、という(1)の発想を前提とするならば十分理解可能なものである。また、この理屈を持ち出した判決は官製入札不正と過失相殺の関係が問われた判決のうち、ケースの集積がほとんどない初期の段階のものであるということに留意する必要があろう。
(3)は、故意の不法行為の場合には極めて例外的な場合にのみ過失相殺を認めるものであるが、結局は、同判決の指摘する当事者間の公平、言い換えれば「損害の公平な分担」にいう「公平」なるものをどう評価するか、に拠ることになる。結局は、(4)と(5)の問題との関連で初めて結論を導ける類の主張である。
交通事故などと異なり、入札談合のような違反者側に利益が生じるケースの場合、賠償額算定に当たり発注者側の過失を斟酌すれば、不当行為によって獲得された利益が受注者側に残ることとなる。それは規範的に許されないというのが(4)の理屈である。落ち度のある被害者が一定程度発生した損害の責任を負うというのは、「損害の公平な負担」という過失相殺の趣旨からすれば当然の話である。過失相殺を認めた、上記東松山市のケースでは、「原告は、過失相殺をすることにより、故意に談合行為を行った被告補助参加人に利益が保持され、被害者である東松山市が損害を被るのは不当である旨主張するが、過失相殺は、損害額の算定にあたって被害者側の事情を考慮して損害額の公平な分担を定めるものであるから、過失相殺によって被告補助参加人の利益が保持されるものでも、東松山市が損害を被るものでもない」と述べている。損害額の公平な分担が定められた以上、ノーサイドとなり、そこからは「利益」とも「損害」ともいえない、という理屈である。(4)を理由に過失相殺を認めなかった判決からすれば、この理屈は「順序が逆」ということになるのであろうが、一方、この場合、損害を被る側にどれほどの落ち度があっても負担をしないということは、それこそ「公平さに欠ける」と指摘されるかもしれない。(4)の発想には、発注者とその職員とに距離があるという初期設定の影響があるか、あるいは次に見る(5)が意識されているのではなかろうか。
当事者間の損害の公平な負担という過失相殺の趣旨に住民(発注者が国であれば国民ということになろう)の視点を持ち込む(5)は、裏を返せば、発注者側に落ち度があっても国民、住民の利益を盾に発注者は損失を免れることができる、という結論を導くこととなりかねないものである。民間同士の問題であれば認められることになる過失相殺が、一方が公的な性格を有しているが故に認められないというのであれば、公的な主体にその限りで特権的な地位を与えることになる。行政のミスは究極的には民主的コントロールの失敗を意味し、その際、生じた損失は国民や住民が負担するのは当然であるが、相手方がいる過失相殺の場面においてのみそうした損失の負担を回避させる理屈が説得力を持つためには、もう一つ強い材料が必要なのではないだろうか。
興味深いのは、過失相殺を認めない判決も認める判決も同じく「損害の公平な分担」を持ち出すことがあるということである。発注者側の不正への寄与度を見るのはストレートな理解だが、そこに最終的な負担者の存在をどこまで「公平さ」の評価において意識することができるのか。これまでのところ、十分詰めて考えられてはこなかったポイントである。
Ⅳ 独禁法25条による請求と過失相殺
入札不正によって損害を被った発注者が、入札不正を行った受注者に対して金銭の支払いを求める方法には、民法上の不法行為による損害賠償請求の他に、独禁法25条に基づく損害賠償請求と不当利得返還請求とがある。
独禁法25条に基づく損害賠償請求は、文字通り独占禁止法違反に対する損害賠償請求であって、入札不正一般に利用可能なものではないことに注意が必要である。
独占禁止法25条訴訟において過失相殺が争われたケースは少ない。平成23年8月30日の東京高裁判決[28]では、「そもそも独占禁止法25条が、事業者の無過失責任という特殊な損害賠償責任を定めるのは、これにより個々の被害者の受けた損害の填補を容易にするとともに、審決における排除措置と相まって同法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとするものと解される」[29]との、最高裁判例[30]の理解を引き合いに出しつつ、「公団の被った損害は、結局、道路利用者や納税者である国民に転嫁されることになり、その意味では本件入札談合行為による真実の被害者は道路利用者又は国民であるともいい得」、「過失相殺に係る主張を採用して原告の請求額を減額すると、真実の被害者たる道路利用者や国民の負担において、被告らが本件入札談合行為により享受した不正な利益を今後も保持することを許すことになって、独占禁止法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとした同法25条の趣旨に反する結果となることも看過することはできない」として、過失相殺を否定した[31]。
官製入札不正の事案で、不当利得返還請求がなされ、それに対して過失相殺が問題になったケースは、独占禁止法25条に基づく損害賠償請求のケースと同様、僅かである。東京地判平成23年6月27日[32]がそれである。
同判決では、「不当利得制度は、公平の観点から、法律上の原因がなくして受益した者から損失者に対して受益者が取得した利益を返還させることを目的とする制度であるのに対し、不法行為制度は被害者に生じた損害の填補を目的とした制度であることからすると、不当利得制度と不法行為制度とは目的を異にする制度であるといえる」とし、「不法行為制度において、過失相殺が設けられているのは、上記のとおり、損害の填補を目的とした不法行為制度において、公平な損害の填補を図るためであるのだから、取得した利益の返還をさせることを目的とした不当利得制度においては、過失相殺によって不当利得返還請求権の行使が制限されることはないと解すべきである」として、業者側の過失相殺の主張を退けた[33]。
いずれのケースも過失相殺を認めなかったが、より論議を呼びそうなのは独禁法25条に基づく損害賠償請求の方であろう[34]。
上記東京高裁判決は、独禁法25条の違反抑止目的を強調し過失相殺を否定するが、そういった目的を持っていることは加害者側の無過失責任を認める限度においてそうであることはいえても、損害負担の公平性の要請を遮断する点までその目的から導けるかは不明である。引き合いに出されている上記最高裁判決からはストレートには導けない。また、鶴岡灯油事件最高裁判決[35]で独占禁止法違反に対する民法上の不法行為に基づく損害賠償請求が認められるまでは、同条の存在によって初めて民事救済の対象となるとの理解も根強かったが、それ以降は実務上併存することになった。独占禁止法の公法的色彩を色濃く反映した25条は、それ以降民事救済の手段としては絶対的な地位を失ったが、それでも過失相殺を認めないほどの特殊性をどこまで読み込むかがポイントとなる。
北陸新幹線工事談合事件に係る損害賠償請求訴訟[36]で問われた争点は、官製入札事案における独禁法違反と民事賠償における過失相殺の関係の、さらに興味深い議論の材料を提供するものである。東京高裁は、請負契約約款上定められた違約金について、違約金発生根拠となる違反が独禁法違反である場合には、独禁法25条に係る上記判例[37]を引き合いに出して、そもそも過失相殺の対象とならない、と判示したのである。
そもそも公共工事違約金特約は当事者の合意による民法上の契約であり、本件事件においては独占禁止法違反により発生した損害賠償の予定であるものの、独占禁止法上の民事賠償の規定とは切り離されたところで存在するものである。そうであるにも拘らず、判決は独占禁止法25条の趣旨を述べた上で、違約金特約に対する過失相殺の適用を否定した。
違約金特約は必ずしも独占禁止法25条訴訟を前提にしたものではなく、その無過失責任は同条が選択された場合に限定されて認められるものであるに過ぎない。独占禁止法違反を根拠とした損害賠償請求は民法709条を根拠になされ得るものでもある[38]。仮に違約金支払義務の発生原因が、独占禁止法25条が認められる法的要件と似通っていたとしても、それは当事者間の契約上の意思が合致したからにすぎず、独占禁止法25条に規定される、被害者側の立証責任を軽減する無過失責任の趣旨を及ぼすことを正当化する合理的理由にはならない。独占禁止法違反の有罪判決が確定した場合であっても民法709条は利用可能なのであって、論理必然では全くない。当事者の意思でなされる民法上規定される違約金特約に対する民法上規定される過失相殺について、その違約内容が独占禁止法違反であるからというだけで過失相殺認定のハードルを上げる理由はどこにもない(そもそも独占禁止法25条訴訟であっても過失相殺の認定に際し、その他の手続と比較して特別の考慮をすべきではない)。
仮に独占禁止法25条訴訟において過失相殺の主張が加害者側からなされた場合、同条が無過失責任を規定しているからといって、過失相殺で考慮される被害者側の過失について、独占禁止法25条訴訟以外と区別しより高いハードルを課す理由があるのであろうか。
平成23年8月30日東京高等裁判所判決[39]は、昭和47年の最高裁判決[40]による「そもそも独占禁止法25条が、事業者の無過失責任という特殊な損害賠償責任を定めるのは、これにより個々の被害者の受けた損害の塡補を容易にするとともに、審決における排除措置と相まって同法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとするものと解される」との制度趣旨の理解を引用し、それを根拠に入札談合における発注者側の過失があるにも拘らず過失相殺を認めなかった。原審判決もこの東京高裁判決と似たような理屈で、過失相殺のハードルを上げることを論拠付けようとしている。しかしこのロジックは現在においては到底受け入れることはできない。
第一に、昭和47年の最高裁判決は確かに独占禁止法25条の無過失責任の法的趣旨を説明しているが、過失相殺にリンクして述べられたものではない。
第二に、そういった法的趣旨の説明は、当時刑事制裁がほとんど機能していなかった事情を前提に、加害者に対する唯一の金銭的な不利益賦課を担っていたのが独占禁止法25条であったことを考慮して理解しなければならない。その後の昭和52年に課徴金制度が導入され、これが不当利得の剥奪とそれに伴う社会的機能としての違反抑止の役割を担うことになり(さらには平成17年改正で課徴金算定率の大幅引上げや課徴金減免制度の導入がなされ、違反抑止の法目的が明確にされた)[41]、また上記平成元年の最高裁判決で、独占禁止法違反に対する民法709条に基づく損害賠償請求も認められるに至り、民事賠償規定である独占禁止法25条の「特別な地位」はほとんど失われることになった。そういった法制度の変遷を無視して半世紀近く前の判例に拠り所を見出そうというのには無理がある。
違反行為の効果的な抑止のために存在する課徴金がすでに課されるのにもかかわらず、本来損害の公平な分担を趣旨とするはずの過失相殺について、独占禁止法違反の抑止の観点から適用を制限するのは制度の解釈・運用上の歪曲としかいいようがない。
第三に、民事賠償制度の趣旨、構造それ自体から考えて、被害者が加害者側の故意・過失を立証しなければならない民法709条の場合には通常どおりの過失相殺の論理が適用されるが、故意・過失の立証が不要な独占禁止法25条の場合には過失相殺のハードルが上がる(べきだ)という理屈は理由がない。後者の場合には加害者側の主観を立証の対象にしないというだけであり、被害者側の主観については何も触れるところがない。被害者側の被害発生の原因の主張・立証の負担軽減が独占禁止法25条の狙いであり、それ以上ではない。生じた損害に対する負担の公平性確保を目指す過失相殺において特別な配慮を求めるものではなく、加害者側が負担する被害者側の過失の存在の主張・立証作業は独占禁止法25条の射程でもない。被害者側の適用条文の選択が違えば、被害者側に存在する過失に対する扱いが異なるということの合理的な理由が見いだせない。
また、実務上、独占禁止法違反が公正取引委員会によって認定されているようなケースでは加害者側の主観の立証はそもそもほとんど負担にはならないという事情を考えるのであればなおさらである。原審判決の理屈は民法709条も独占禁止法違反について利用可能であることを無視あるいは軽視しているように読める。(民法709条と並列して利用可能である)独占禁止法25条が利用された場合だからといって、過失相殺について特別な配慮を施すことの合理的な理由がない。
第四に、そもそも独占禁止法25条のみを問題にしたとしても、それが無過失責任を採用しているからという理由で、被害者側の過失を根拠に過失相殺を認めるに際し、通常の過失相殺とは異なる「高いハードル」を要求していることには理由がない。それは以下の理由による。
(1)同条に無過失責任が規定されている趣旨が効果的な被害救済にあるのだとしても、むしろそうであるならば被害者側がその被害の原因を作った場合にはその要請自体が限定的になる。
(2)その趣旨が違反抑止にあるからといって、被害者側の過失を考慮する際に通常の過失相殺と異なる特別な配慮を要請することにはならない。過失相殺が認められ、すべての損害を違反事業者から回収できなかった場合であっても、談合に関与した発注者側職員への責任追及をすればよいのであって、むしろその方が効果的な違反抑止に資するともいえる。
(3)無過失責任の問題は独占禁止法違反の発生に関連するものであって、損害の発生及び違反との因果関係、その他のことがらについては無関係である。過失相殺は賠償額の分担の問題なのであるから、無過失責任の問題と切り離して論じられるべきものである。
V 「抜け駆け」型の不正に特有の問題
1 問題の所在
公共契約における不正の典型は入札談合であるが、近年においては特定の業者が自らを不当に有利な立場に置こうとする、あるいは形成された発注者との関係を利用して不当な利益を得る「抜け駆け」型(あるいは「特定業者との癒着」型といってもよかろう。以下、「抜け駆け型」、「癒着型」と呼ぶ)の不正行為が目立っている[42]。競争入札の場面を念頭に置けば、前者は独占禁止法における不当な取引制限規制(独禁法3条後段)、そして刑法上の談合罪(刑法96条の6第2項)の射程であり、後者は刑法上の公契約関係競売入札妨害罪(刑法96条の6第1項)[43]、発注者側の協力(情報漏洩がその典型である)については官製談合防止法の罪(8条)の射程となる[44]。ただ、契約締結後(すなわち競争入札よりも後の過程)の不正は、競争制限の問題でも、公共入札の公正さの問題でもないので、これらの法令は適用されない。賄賂が絡めば贈収賄罪(刑法197条、198条)の問題になるが、そうでなければ背任(刑法247条)の問題になる[45]。
抜け駆け型、癒着型の不正行為を念頭に置いて賠賠償請求権、違約金請求権を眺めると、これまで詰められてこなかったいくつかの問題が浮かび上がる。
第一に、不正行為の典型的な帰結の一つが「下限価格への接近」にあるという点である(ここで下限価格とは最低制限価格[46]、あるいは実質上失格基準として機能している低入札調査基準価格[47]を念頭に置いている)[48]。公共工事請負契約約款の規定は反競争的入札不正である入札談合を念頭に置いたものであるが、公契約関係競売入札妨害罪もその射程に入っている。しかし、独占禁止法における不当な取引制限規制違反であっても刑法上の談合罪であっても、(価格面についていうならば)競争的に決まるべき価格を反競争的な価格に引き上げることが想定されているが、近年目立ってきた公契約関係競売入札妨害罪の典型的な違反行為は最低制限価格(あるいは低入札調査基準価格)に係る情報漏洩であり、この場合金額面だけでいうならば発注者側に表面的な損害がないように見える。仮に何らかの損害が生じたとしても、それが競争的価格を予定価格付近まで引き上げるタイプの反競争的行為とはその性格を異にする。それなのに、入札不正ということで(10%、20%といった)一律の算定率を乗じるというのは果たして合理的な根拠があるといえるのであろうか。
第二に、「抜け駆け」的な不正行為の場合、官側の協力が伴うことが多いという点である。官製不正のケースにおいては、違約金特約の存在は損害額の計算の問題は解消させるが過失相殺の問題を解消するものではない。違約金特約に官側の不正に対する免責条項が置かれる訳がなく、特約に定められた通りの違約金を発注機関が常に請求できることにはならない。過失相殺は、どのような場合に、どの程度の水準で認められるのか、それはどのような理屈に基づくものなのか。また、それは独占禁止法上の損害賠償請求としてなされる場合と民法上のそれとしてなされる場合とで扱いを異にするのか、否か。関連する判例や議論の集積は多少あるものの、違約金特約の射程論はこれまで十分に詰められたものではなかった。
そして第三に、抜け駆け型、癒着型の不正行為は特定の業者の便宜を図る性格を有することが多く、その見返りとして賄賂の授受のインセンティブを伴い易い点である[49]。ここで論点となり得るのが、契約締結後の贈収賄と違約金の関係である。契約締結時における贈収賄[50]に係る違約金については、公契約関係競売入札妨害罪、官製談合防止法違反と同様の扱いをすれば足りるということになろう[51]が、契約締結後、履行過程での便宜を図ってもらうための贈賄についての違約金の場合にまで契約締結段階における不正と同様の扱い(契約金額全体に一定の算定率を乗じる)をするケースを見かけるが、これはどのように説明すればよいのだろうか。例えば1ヶ月の工期延長と2%の増額を伴う契約変更について便宜を図ってもらったことの見返りとして賄賂を提供したような場合がそれである。このような扱いについて、合意したのだから当然、業者は当初契約の契約額の2割の違約金を支払う義務があると考えるべきだろうか、あるいは違約金特約の合理的解釈として一定率を乗じる対象を絞り込む(今の例でいえば2%に対する2割)と考えるべきだろうか。
2 下限価格への接近と違約金特約
入札不正の典型は入札談合であり、損害額算定の議論は入札談合のそれに限定されてきた。入札談合の場合は実際の落札率と入札談合なかりせば実現したであろう落札率の差を損害として算定するという単純な発想が説得力を持ち、ほぼ唯一の論点となってきたのが「なかりせば」の部分である(類似の調達の平均を取るのか、公正取引委員会や警察による摘発後の落札率を競争的なそれと考えるか、アプローチはさまざまであろう)が、いずれにしても入札談合は価格を吊り上げるタイプの違反なので、損害の理解の仕方で悩むことはない。違約金の算定率が契約金額の1割なのか、2割なのか、という線引きの問題があるが、2割の違約金を正当化するデータがあれば、その前後での違約金算定率が「公序良俗に反する」ようなものになることは、まず考えられない。
しかし抜け駆け的な入札不正の典型は発注者側からの情報の不正な入手であり、ここ数年では下限価格に係る情報のやりとりの不正が目立つ。狙いは下限価格に可能な限り接近すること、言い換えれば失格にならないギリギリの安値受注である。
この場合、入札談合のような違反による高値と違反がない場合の想定される安値の差を算定率の正当化根拠にはできない。現実には、違反がなかりせば下限価格よりも「高くなる」ことが理論的に成り立つからだ。仮に違反業者が聞き出した下限価格とぴったりの価格を提示し落札したとすると、違反がなければ場合の落札価格はそれと同じか上回るしかない(理屈としては予定価格オーバーで失格ということもあり得るし、応札辞退ということもあり得るが、ここでは失格にならない範囲で応札することを前提としよう)。「価格の差」で損害額を導出しようとするアプローチは、ここでは意味をなさない。下限価格を目指すタイプの不正については入札談合の場合と同じ発想は通用しないのである。
とするならば、違約金算定率としての1割、2割の根拠はどこにあるのか、ということになる。もちろん違反処理のための行政コストを損害としてカウントするなどの説明が可能かもしれないが、よりわかり易いのが、違反によって傷付けられた公務に対する信頼に係る損害、あるいは競争入札手続への公正さを害することの損害という「象徴的なもの」を想起することである。しかし、これは損害賠償の予定という違約金の法的性格からどこまで説明が可能かという問題が生じることになる。この場合、特約において罰、制裁としての意味合いが込められていると明示することでこの問題をクリアすることができる(民法420条3項は「違約金は、賠償額の予定と推定する。」と定めているのだから、そうでないことが明示されれば「契約の自由」によってその通りの効果を生じさせることができる)。その場合、入札談合(損害賠償の予定)と入札妨害(違約罰)とで書き分けるということの合理性が問われることとなろう。いっそのこと、いずれの犯罪についても違約罰であることを明示して損害賠償の予定であるという趣旨を解除した方が制度設計上はよいのかもしれない。契約上は、業者側から過失相殺の場面でもなければ違約金減額の請求は認められないものになっている(公共工事請負約款上、発注者側からは違約金を超える損害がある場合には増額請求できるという片務的なものになっていることに注意を要する)ので、公序良俗違反にでもならない限りその通りの請求が認められることになろうが、現状のままでは損害賠償の予定としての合理的根拠の説明には苦慮することになるのではないだろうか。
3 契約変更が存在する場合の違約金算定
(1) 契約締結段階における不正と契約変更
契約変更がなされ金額に変更があった場合には違約金特約は、変更契約後の契約全体に及ぶか、あるいは当初契約の金額に限定されるか。以下、本項では契約締結段階における不正があった場合を扱い、次項では変更契約段階で不正があった場合を扱う。
公共工事請負契約約款で定められる違約金特約は特段の断りがなければ、420条の射程内外を問わず(特段の事情のない限り)損害賠償の予定であると考えられ、その特約内容からして談合により発生した損害を問題にしていることは明らかであるのであれば、談合による損害が発生しないところに違約金特約は及ばないと考えるべきである(及ぼす旨の特約があればそもそも問題にならない)。契約変更が談合の影響を受ける場合、例えば、契約変更に際しての積算の基準を当初契約の金額の根拠となった競争入札における結果にリンクさせる場合(落札率を元々の積算された額に乗じる場合)は、変更後の契約金額が違約金算定率のベースになる[52]。
なお、当初契約の(契約締結過程における)不正が契約変更にも影響し、違約金の射程が契約金額全体に及ぶという理屈が成り立つのであれば、追加工事等の公共契約を随意契約で行う場合にも同様の扱いが認められなければならないが、追加工事は別契約なので前工事の契約に係る違約金特約は(追加工事にも及ぶ旨の記載がない限り)及ばない。しかし前の不正が後の契約に影響を与えていることは明白である。また、前工事等の受注実績を理由に後工事等の発注が正当化される場合には、前契約の不正が後契約にリンクすることになる。違約金特約とは別に損害賠償をすることは法的には可能だろうが、損害の立証等実務上は容易ではなかろう。
(2) 変更契約に係る不正と違約金特約
北陸新幹線工事談合・請負代金請求事件の裏返しの問題もあり得る。すなわち契約変更に係る不正が初期契約に係る契約金額全体に及ぶか、否かということである。ある工事請負契約に係る違約金条項がその対象となる不正行為として贈賄も対象となっているとする。違約金条項の字面だけ見れば、契約履行過程における不正もこの特約の射程となるようなものだったが、問題となった贈賄は契約変更(工期延長交渉)に係るものだった、とする。この場合、違約金の射程は変更前の初期契約に及ぶのか、契約変更分のみに及ぶのか、あるいは変更後の契約全体に及ぶのか。違約金が違約罰であることが明示され、いかなるタイミングでの不正であっても契約金額全体に及ぶものであることが明示されているならば、争いはないだろうが、そのような明治がなかった場合、違約金特約の合理的な解釈が問われることになるのである。
第一に、公共工事請負契約において一般的に定められる「ひな型」としての違約金特約は、その経緯からして明らかに入札談合及びその他の入札不正を念頭においたものに他ならないということである。当該契約金額に乗じられる10%乃至20%という算定率は、課徴金算定率の大幅引上げを行った2005年の独占禁止法改正時に入札談合による平均的な損害が10%台であると公正取引委員会が主張したことに強く依拠している。入札談合を含む入札不正があれば予定価格付近まで値が上がるとの想定を前提に、この算定率が設定されているのは明らかである。その合理性には疑問がない訳ではないが、独占禁止法の課徴金制度においてもこのような想定を前提に画一的な算定率を採用する立法論がなされたのであるから、このような違約金の設定の仕方は許されよう。しかし一方、契約締結後の条件変更によっていかなる得失が契約当事者に発生するかは、ケースバイケースで考える他なく、入札不正を念頭においた違約金のスキームをそのまま当てはめるのは、その射程からの逸脱としかいいようがない。
刑事記録によれば工期延長によって契約金額は増加していない。通常、工期延長に関しては延長された分の労務費等がかさむことから契約変更によって契約金額は増額となるのが一般であるにも関わらず本件においては増額になっていない。むしろ受注業者側に損失が出ているともいえるケースなのである。受注者都合で工期延長になったという前提で考えても、契約金額に変化がない以上、そこに発注者側の契約上の金銭的損害を見出すことはできないのである。そもそも、このケースは、発注者側の財政上の都合で安い金額での受注となる等、受注者側に無理をいって工事をさせている実情があるのであって、本来であれば発注者側は柔軟に、かつ金額の増額を伴う形で契約変更に応じるべきところ、工期延長に応じるのみで金額変更を行っていない。仮に贈賄が契約変更にリンクしていたとしても、発注者側の契約上の損害はゼロというしかない。
このような事実がありながらも、入札談合、入札不正といった契約締結過程における不正を射程とする違約金のスキームをそのまま適用することは許されない。
この違約金のスキームを契約変更にも当てはめるというのであれば、契約変更によって増額された分にその算定率を当てはめるしかない。このような理解は新規契約に際して不正があった場合と同視し得るだろうから、可能ではある。しかし、増額分は存在しないのであるからこの場合、違約金は取れないこととなる。
仮に万が一、元々の契約金額に違約金で定められた率を乗じるというのであれば、そもそも大石田町副町長側の働きかけ、関与が決定的な役割を果たした本件官製不正事件においては上記で述べたことと同様、5割超の過失相殺が認められて然るべきである。
Ⅶ おわりに
今でこそ競争入札の手続に違背する公共契約の実態は「不正」として扱われるが、かつては官民間の協働による公共契約の反競争的構造の形成は事実上正当化されてきた(不問に付されてきた)歴史がこの国にはある。もちろんだからといって現時点において問題視すべきでないという規範が導かれるものでは決してないが、そういった歴史があったことは踏まえておくべきだろう[53]。かつて住民代位訴訟がかつて多かったということは、発注者は受注者への損害賠償請求に消極的だったということを意味する。それは被害者意識の欠如ということであり、それは談合を積極的に排除しようとしてこなかったことの表れであるといっても過言ではない[54]。
官製不正のケースでの過失相殺の可否、その水準をめぐる判例法理は必ずしも確定的なものにはなっておらず、その論じられ方において統一性にかけている状況にある。また、独禁法違反に対する民法上の不法行為責任が問えるかという論点は鶴岡灯油事件最高裁判決によって解消されたが、過失相殺の可否論に見られるように独禁法25条訴訟の特殊性への拘りが今でも判例規範には残存している。
公共契約における違約金特約の存在は典型的な入札談合のみが対象になっている限りは、大きな論点を形成することはないが、予定価格に張り付くタイプの不正を前提に定められた違約金特約が果たして最低制限価格に張り付く入札妨害などに妥当するのかは大いに疑問であるし、ましてや契約締結前の不正が念頭に置かれての違約金特約(不法行為による損害賠償金額の予定)に、契約締結後の不正を混在させることの問題、そして契約変更に係る不正に対する違約金を当初契約の金額をベースに算定することの問題が実務上のものとして指摘することができる[55]。
[1] 独占禁止法には独自の損害賠償に係る規定があるが、判例上、民法上の不法行為に対する損害賠償請求も可能とされている(最高裁判所平成元年12月8日民集43巻11号1259頁)。
[2] 関連する文献は枚挙にいとまがないが、例えば、和泉澤衞「独占禁止法違反行為と損害賠償請求訴訟 : 近年の入札談合事例を概観して」現代法学16号3頁以下(2008)等参照。
[3] 違約金特約が付される一部の分野においてそうであって、独禁法違反に対する損害賠償請求一般についてこの論点が問われなくなった訳ではない。
[4] 発注者側が用意した契約書に発注者側の不正に係る記載を期待することはできない。片務性の表れともいえなくもないが、判例上、官製談合事案の多くにおいて過失相殺が認められないことを考えれば、そのような規定を盛り込むことに十分な理由があるとも思えない。
[5] 一般的にはconditio sine qua nonの考え方が用いられるが、仮定的に競争状態を推測するのは容易ではない。同種の調達における不正行為のなかった場合の平均的な落札率をとるという「安直」な方法は、個別案件ごとに与えられる条件が違うという「当然の」事実を無視している。
[6] 契約締結過程における説明義務違反に対して不法行為責任は発生するが、債務不履行責任は生じないとした最高裁平成23年4月22日第二小法廷判決(民集65巻3号1405頁)参照。なお、原始的不能の契約についてはこれを無効とせず、債務不履行として構成した改正民法415条参照(従来は契約締結上の過失として処理される類のものであった)。
[7] 深谷格「共同企業体を請負人とする地方公共団体との請負契約における入札談合に関する賠償金条項の解釈」末川民事法研究1号13頁以下(2017)、長友昭「共同企業体を請負人とする地方公共団体との請負契約における入札談合に関する賠償金条項の解釈──違約金約款の解釈をめぐる最二判平成26.12.19からの検討」日本不動産学会誌30 巻 (2016) 3 号74頁以下(2016)等参照。ただ、何れにしても公序良俗違反となるような賠償額の予定は無効であることには変わりはないし、(民法166条、724条といった
請求権の消滅時効に係る差はあるが)行政処分や有罪の確定を待ってのものであるから実務が責任の性質論に左右される類のものでもないので、法形式をめぐる議論にどれほどの実益があるのか不明である。
[8] 改正前民法では、同条1項は当事者によって損害賠償の額が予定された場合には、「裁判所は、その額を増減することができない。」と定められていたが、改正民法ではこの規定が削除された。
[9] 予定された賠償額以上の賠償額を請求できるかについては、違約金条項で「それができる」旨の留保がなされるのが一般なので、実務上そもそも論点にはならない。ただ、公共工事についていえば従来から指摘される受発注者間に存在する「片務的関係」の論点として扱われる可能性がある。
[10] 違約金条項に似たようなものとして違約罰条項がある。これは損害賠償とは別途のもの、すなわち違反者に対する制裁として課すものであり、契約違反をした者は違約罰に加え損害賠償を支払う義務を負うことになる。ただ違約罰の趣旨として条項を設けるのであればその旨明らかにしておく必要がある。
[11] 東京高判平成22年10月1日(審決集57巻第2分冊385頁)。同判決は、入札談合についての違約金条項の性質を、契約締結以前の不正であることを根拠に、債務不履行時の賠償額の予定に係る条項と同様に解すべきではなく、「損害の立証が可能な場合には更にその超過額の請求をなし得るものとして、談合参加者への責任追及の可能性を留保していると解するのが、本件違約金条項を設けた発注者側の合理的な意思に合致する」としている。これは25条特有のものだからではないのか? そもそも不法行為責任として賠償請求できることについては争いがないのであって、そのような手法に出るのであれば債務不履行責任とは別の構成をするのが当然。
[12] 釧路地方裁判所帯広支部平成25年3月29日判決(平成24年(ワ)第135 号)。?
[13] 民法上の議論は、民法学者の専門書に委ねる。主要なものとして、例えば、窪田充見『過失相殺の法理』有斐閣(1994)参照。
[14] 予想される損害としてはあり得ないほど過大な場合には、公序良俗違反(民法90条)とされる場合がある。例えば、(極端に考えて)最低制限価格が予定価格の95%と設定され、違約金が契約金額の30%と設定された場合はどうだろうか。
[15] 最判平成6年4月21日民集172号379頁。
[16] 最判昭和58年4月7日民集37巻3号219頁。
[17]釧路地方裁判所帯広支部平成25年3月29日判決(平成24年(ワ)第135 号)。
[18] 大阪地判平成21年3月3日(平成19年(ワ)第3524号)。
[19]東京地判平成23年1月28日判時2117号20頁。そこでは、受注者である原告が発注者に請負代金請求の訴えにおいて違約金の取り扱いが問題になった。
[20] 神戸地判平成14年6月14日(平成13年(ワ)第914号)
[21] さいたま地判平成22年12月22日(平成21年(行ウ)第16号)。
[22] 札幌地判平成19年1月19日(平成12年(行ウ)第29号)。
[23] 大阪高判平成18年1月31日(平成15年(行コ)第108号)。
[24] 大阪地判平成16年8月5日(平成13年(行ウ)第8号)。
[25] 名古屋高判平成14年3月26日(平成12年(行コ)第38号)。
[26]奈良地判平成13年5月23日(平成11年(行ウ)第6号、平成11年(行ウ)第8号)
[27] 大阪地方裁判所平成12年3月31日判決(平成9年(行ウ)第58号)。
[28]審決集58巻第2分冊275頁。
[29] 同上。
[30]最判昭和47年11月16日民集26巻9号1573頁。
[31] 同趣旨のものとして、北陸新幹線工事談合・請負代金請求事件の東京高裁判決(平成29.7.20)がある(解説として、洪淳康「『官製談合』における違約金債権の行使が過失相殺の対象にならないとされた事例 : 北陸新幹線工事談合・請負代金請求事件[東京高裁平成29.7.20判決] 経済法判例研究会(Number 263)」ジュリスト1517号102頁(2017)参照。
[32] 平成17年(ワ)第26475号。
[33] なお判決では、「個別具体的な事案において、信義則の適用によって、不当利得返還請求権の行使が制限される余地を認めることはできると解される」としつつも、そのような事情は存在しないと述べている。
[34] 不当利得返還請求においても議論の余地はある。例えば、青野博之「不当利得返還義務と過失相殺の類推適用」林良平=甲斐道太郎編集代表『谷口知平先生追悼論文集2』(1993)参照。
[35]最判平成元年12月8日民集43巻11号1259頁。
[36]東京高裁平成29.7.20判決。
[37] 注釈31?
[38]最判平成元年12年8日民集43巻11号1259頁。
[39]公正取引委員会審決集58巻第2分冊275頁。
[40]最判昭和47年11月16日民集26巻9号1573頁。
[41] 独占禁止法上の課徴金制度の変遷について全般的に解説するものとして、伊永大輔『課徴金制度―独占禁止法の改正・判審決からみる法規範と実務の課題― (広島修道大学学術選書 75)』第一法規(2020)の該当箇所参照。
[42] 楠茂樹「最近における入札談合事件をめぐって」公正取引809号2-8頁(2018)参照。
[43] 不公正な取引方法の一類型である「取引妨害」規制違反に問われたケースもある。東北農政局発注の公共工事における提案書作成指南の事件(公正取引委員会平成30年6月14日排除措置命令)がそれである。楠茂樹「公共入札の不正と取引妨害」上智法学論集62巻 3・4号 (古城誠教授退職記念号) 87頁以下(2018)参照。
[44] 入札談合も発注者側の協力の下で容易化されるものであるが、一般的には業者側だけで違反が完結することが多い。
[45] 不正の仕方にはバリエーションがあり、そのタイプごとに成立する犯罪も変わるだろう。
[46] 地方自治法施行令167条の10第2項。
[47] 予算決算及び会計令85条、地方自治法施行令167条の10第1項。実質的に失格基準として機能させることは法令が予定しているものではないことを付言しておく。
[48] なお、下限価格と予定価格の差が縮まってきている現状(予定価格の90%台で下限価格を定めるというケースも多くなってきたと聞く)において、2割の違約金算定率が合理的根拠を有するかという論点はあり得よう。
[49] (それ自体過失相殺の問題を伴うが、ここでは問題にしない)
[50] (特命随意契約の場合には独禁法違反の問題にならない)
[51] (贈賄を背景として入札過程が歪められ落札価格が引き上げられた場合には入札談合と同様の扱いをするということの説明が可能であろう)
[52] 北陸新幹線工事談合事件に係る損害賠償請求事件高裁判決(本稿注*)では、契約変更によって増額された契約金額をベースとすることの是非が争われ、これを是とする発注機関側の主張が認められた。
[53] 拙著『公共調達と競争政策の法的構造』上智大学出版(2012)第1部、稗貫俊文「日本の行政機関における競争文化の欠如 : 公共入札談合を例として」新世代法政策学研究17号311頁以下(2013)参照。
[54]指名停止期間を業界や議会の要請で短縮するという実務もしばしば耳にする。
[55] 最後に、これまで触れなかった点についてこの場所を借りて付言しておく。競争者排除型の妨害行為を念頭に置いて公契約関係競売入札妨害罪を違約金特約の射程に入れておきながら、同種の独禁法違反類型、すなわち私的独占規制違反や不公正取引方法規制違反(取引妨害など)を除外する合理的な理由はないだろう。ただその水準をどうするかは難しい課題だ(不当廉売規制違反などは安ければ安いほど反競争性が強いことになるが、問題となる個別契約だけを取り上げれば、発注者側には違反がない場合と比べればむしろ利益が出る性格のものである)。