ネット社会と不当な契約の勧誘:アムウェイ事件から考える

日本アムウェイ合同会社が先日、勧誘行為に不正があったとして消費者庁から処分を受けた。アムウェイはネットワークビジネスの大手としてよく知られる企業である。アゴラでは、編集部が速報的に記事を配信している(「「なんで今さら?」消費者庁が日本アムウェイに6カ月の取引停止命令」)。具体的な違反行為の内容は、他にもさまざまな媒体で紹介されている。詳しくは、処分を下した消費者庁のHPでプレスリリースを参照のこと。

ネットワークビジネス自体が問題になっているのではなく(問題を孕むものではあろうが)、その勧誘方法が問題になったということは先ず確認しなければならない。特定商取引法(「特定商取引に関する法律」)上、「連鎖販売業」と呼ばれるネットワークビジネスにはそれをターゲットとした規制がなされているが、裏を返せば特定商取引法上その他の法令上の規制の範囲内で自由に行うことができるということだ。「無限連鎖講の防止に関する法律」という法律が存在するので、「連鎖」という言葉に敏感になってしまいがちだが、いわゆる「ねずみ講」であるところの「無限連鎖講」が不正なのであって「連鎖するビジネス」が不正なのではない(随分と前の話になるが、米国ではアムウェイは、1975年からの連邦取引委員会との紛争を経て、違法なピラミッド・スキーム(pyramid scheme)ではないとの審決が出されるに至っている。一方、参加者に対し誤解を与えるような行為を止めるよう命令されている)。

 独占禁止法には不公正な取引方法の一類型として「欺瞞的顧客誘引」が規制されている。不当表示規制が景品表示法でなされているので、「欺瞞的顧客誘引とは何か」を説明するのにしばしば苦慮するが、その適用事例としていつも出てくるのが、ネットワークビジネスが問題になった昭和50年の「ホリデイマジック事件」である(公正取引委員会勧告審決)。当時ネットワークビジネスを取り締る特別の法律は存在せず、詐欺まがいのネットワークビジネスを取り締まる法律として独占禁止法に白羽の矢が立った。不公正な取引方法の具体的類型を定める公正取引委員会の告示であるいわゆる「一般指定」は、その8項で次の通り定める。ホリデイマジックも米国発だ。

8 自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること。

化粧品のネットワークビジネスを展開するホリデイマジック社の「報酬システム」に、「優良、有利」に係る欺瞞性があったとして摘発されたのであるが、そこに欺瞞性がなければ独占禁止法は手を出せない。今回問題となった勧誘のプロセスの問題は、個々の勧誘者の事業者性がクリアできたとしても独占禁止法は手を出せない。独占禁止法から見れば特定商取引法は「痒いところに手が届く」立法なのである。

「なぜこのタイミングで」が問われている。憶測ならば何でもいえるが、消費者庁のメッセージを正面から受け取るならば、かつては何からの対面での付き合いをきっかけ(友人関係とかバイト先での知り合いとか)としてネットワークが広がっていったものが、今ではマッチングアプリやSNSを通じた、それこそ「ネット空間」を通じた付き合いをきっかけにネットワークを広げ、そこに勧誘行為を接続させる方法が主流となりつつあるというところに、消費者庁の強い関心があるということをこの事件は示している、と考えるのが素直だろう。行政処分のプレスリリースとともに、「こんなところから・・・マルチ商法の勧誘に!?」と題したチラシがHPに添付されているが、そこでは「最近、特に若者に対するマッチングアプリやSNSなどを通じたマルチ商法への勧誘についての苦情が増えています。」と警告を発している。

この手のやり口は、もはや新手のものではなく、定番のそれになっている。「なぜこのタイミングで」ではなく、「今のタイミングでは当然」ということになる。おそらく消費者庁としては摘発し得るケースは多くあり(その情報は相当に集積されており)、この種の摘発を積極化することの「狼煙」のような事件ではなかろうか。ではなぜそのターゲットの最初がアムウェイだったのか。ネット上では色々な指摘があるようだが、それは内部関係者でない以上、何ともいえない。

 

マッチングアプリや各種WEBツールを通じたネットワークで発生する不正はネットワークビジネスばかりではない。冒頭の事件はコンテンツそれ自体の問題ではなくその勧誘手法に問題があったものだが、さらに深刻なのはコンテンツ自体が詐欺的なものの場合である。マッチングアプリ等を通じて知り合った相手に詐欺を行う「国際ロマンス詐欺」に関する報道は連日のようになされているが、確固たるビジネスの拠点がない以上(それこそネット空間なので)摘発が困難である。

SNSで知り合った人々をターゲットにした「儲け話」、例えば架空の仮想通貨投資、FX投資を呼びかける詐欺集団も、多数存在するという(もちろん対面でのネットワークも多数存在するだろう)。大して意味のない投資に係る情報商材を売るビジネスもあるという。過去には数十億、場合によっては数百億円の規模の詐欺事件もあった。事業投資、不動産投資等、「〇〇でいい話があるけれども一枚かまないか?」という(その真偽が不明な)誘いは昔からよくある話だが、最近の傾向は若い人々が個々の投資規模としては小口の投資ネタ、それも金融関係の投資ネタが多いという印象だ。小口といっても若い人々にとっては大きなお金である。しかしやり方次第で(部分的に)取り返すことができるとしても、そのコストの方が高くついてしまう。ボッタクリ飲み屋に入ってしまった時のように「高い勉強料」と割り切る人も多かろう。一人一人が小口であっても被害が数千人、数万人規模になれば詐欺グループにとっては魅力的なターゲットだ。WEBツールがこれを可能にする。

この種の不正はイタチごっこのような性格がある。あるスキームの不正が摘発されれば、他のスキームが登場する。当局が気づき摘発のための準備を整えた頃にはまた別のものに変わっていく。金融制度のみならず会社制度も係ってくる。関係者が海外に拠点を持ち、ネット空間だけでやりとりされれば摘発が困難だ。集めた資金が溶けていく過程は不透明であり、マルチビジネス的な要素が絡めば関係者のインセンティブ構造も大きく変わり、誰が加害者で誰が被害者かもよく分からなくなる。国内で勧誘する側もまた被害者かもしれない。金融商品取引法も合同会社の社員権の勧誘に関し内閣府令の規定を改正するなど対応を急いでいるが、不正の変化のスピードの方が早いようにも思える。

冒頭のアムウェイの事件からは随分と離れてしまったが、被害が生じる空間とその過程、そして被害者の属性には共通のものがある。そういったより大きな射程の問題を考えるきっかけとしてこの事件を捉えるべきではなかろうか。